鬼殺鬼③
腕に雪村を抱えた男がいた。
「自己紹介と行こうか。私は化外王権第一位――――ウーヌス」
化外王権……? 知らない言葉だ、って、いまはそんなことより――――
「てめぇは――――」
――――てめえは、雪村を攫うつもりなのか。
「そう怒るな。……ただ、こうした方が効果的だと思い、やっているだけだ」
効果、的…………? 何を言ってやがるんだ。
「わけわかんねえこと言ってねえで、そいつを返しやがれ……!」
「返さんよ。ふむ、やはり効果覿面か。それに、だ、こいつは“私のものだ”」
――――――“私のもの”? ま、さか。
「おい、それは、ま、さか……!!」
「ああ、理解したか」
こいつがまさか。
雪村を“咒鬼”にしやがった元凶なのか――――――
全身を疾ル憤怒。脳を刺激スル歓喜。
魔の頭部ヘト拳ヲ奔ラセ――――――
「落ち着けよ――――――――」
防ガレル――ナラバ脳へ貫手を放――――
「落ち着けと言ったぞ――――」
「ガッッ――――――――!!」
貫手を潰さレタ――――刹那一念――――――次には心臓に氷杭ガ突き刺サッテイタ。
「ゴボッ――――――ッッッ」
頭蓋を掴マレ、地面に叩キツケラレル。
「ふむ、まだ収まらん、か」
やはりこいつは上物だ、と続けル。
「先輩――――――!!」
コレハナカ、ツ――――――――?
ナ、カツ。ナ、カツな、のカ……
ナカツがヲレを庇うように前にデテイル。
ナカツガ、中津が…………!
――――目を覚ませ――――――!!
「――――――――づぅ、はあ、あ、は、はあ……」
また、また俺は…………ア、レに。
憤怒、怨嗟が渦巻いていた。
正鵠に心火が燃え滾っていた。いや、今もそれは沈まない。
ア、レが俺のイ、カリな、のか。
改めて再確認した。俺の激憤を。
ア、レはや、ばい。
再び“ヲレ”になったことでわかった。
アレは抑えきれない。いや、封じること、制すること――――――――限りなく無に近い。
なんて、熱さ。俺の躯を灼き尽くそうとしている、と感じてしまうほどに。克てない、と感じてしまうほどに。
でも――――――――
「ぁ、あ、はあ、はあ、はっ、はぁ…………」
でも、それでも、こんなものに飲み込まれてたまる、か。
「もう、大丈夫だ……!」
「先輩…………」
心配している表情。
「大丈夫、だって…………」
ああ、そうだ――――――――敗けてたまる、か。
「もう一度言う。雪村を返しやがれ……!」
心臓から抜き取った氷杭を構えながら、威嚇する。
「返す、か」
構わんよ、別に――――――
「――――――な、に?」
「ただし、一つ条件がある」
「じょう、け、ん…………?」
「ああ、私を斃すという条件が、な」
「じょ、冗談じゃねえ……! おまえを斃したら、それで終わりじゃねえか……!!」
からかってるのか、こいつ――――!
「返すというのはこの娘を人間の状態に戻して、ということだがな」
――――――――――――な、に。
「本当、なのか。そ、れは」
「ああ、勿論だ。嘘を吐くことに何のメリットがある?」
………………。……信用は出来ない。できないけど、今はこいつの要求を呑むしかない、か。
「…………ああ、わかった。やってやろうじゃねえか。――――――それじゃあ、始めるぜ」
体を低く――――――臨戦体勢を執る。
「いや待て。今日のおまえはひどく疲弊している。……明日にしよう。明日の今頃、私と闘え、一人で」
「………………明日、か。判った」
明日、雪村の運命が決まる。……助ける、助けてみせる…………!
「ではな。明日は精々、私を愉しませてくれよ。“――き瞳”の主よ――――――」
そう言い放ち、奴は背を向け、歩いていった。その姿は徐々に暗へ、闇へ溶けていった。
「行ってしまいましたね…………」
ぽつりと呟く中津。
「…………ああ。それじゃあ、俺たちも帰るか」
「そう、ですね」
よし、帰る、って――――――――
「大丈夫ですか、先輩……?」
ふらつく俺を支えようとする中津。
「…………私が担いで、帰りましょうか……?」
「ああよろしくっ、て――――――」
まじで?
「おまえ、随分優しいなあ……」
「そ、そんなこと面と向かって言わないでください……」
頬を赤くする中津。
「もう、なんだ。俺達はもうダチだな。マブダチ。例えるなら、深夜に一緒にカレー食いに行った後に、また別のカレー屋に食いにいくんだ。それを夜が明けるまで繰り返すぐらいの関係」
深夜に食うカレーは格別にウマイ。よっぽど辛いものじゃなけりゃ、普通に好きなんだぜ。大好物なんだぜ。
「…………それ、私にとってはただの罰ゲームじゃないですか」
「そうかあ……。まあ、ウマイもんを一緒に食いに行く、それとも、罰ゲームに付き合ってもらえるっていう友情だ」
「…………早く家の場所を教えてください」
うん、あの顔は照れているのか? 顔を背けながらも訊いてくる。
「ああ、それはな――――――――」
******
無事家に到着。
「ありがとな、中津」
「……当然のことをしたまでです。私は、その……あなたにひどいことをしたのですから…………」
…………そういうのは厭だなあ。
「そういうのはさ、止めとこうぜ」
「え…………?」
「そりゃ、おまえの中じゃ、自分が許せないってのはあるんだろうけどさ」
それはおまえにとって、消すことの出来ない問題なんだろうけどさ。
「口に出されるのって、俺はあんまり嬉しくないんだよな」
ああ、そういうんのは聞きたくないんだ。
「俺達はもう友達なんだからさ、『ありがとう』って言われたらさ『どういたしまして』で、十分だろ?」
厭なことがあっても笑い合える、それが友達だって思う。
「友達、で、すか……」
「ああ。友達の友達の友達の友達の――――――――――」
友達の友達は――――――――
「友達だっけ?」
「それは他人だと思います……」
…………まあ、ギャグは置いておいてっと。
「あれ、『置いておいて』ってなんか良いギャグじゃね」
「はあ。私には全くその面白さが理解できないんですが」
…………今度こそ、ギャグは置いておいて。
「まあ、こういうことを言い合える仲ってのは、やっぱ友達だろ。俺、基本こういうギャグは友達にしか言わねえし」
こういうの、悪くねえだろ――――――
「……まあ、悪くはない、で、す」
「だろう。なら俺らはマブダチ」
さあ――――――――――
「…………そう、で、すね。――――どう、いたしまして」
少し微笑んでいるように見える顔。
「ああ。…………じゃあ、また明日、な」
「はい…………また、明日」
背を向け、闇に溶けて行く姿。
――――――――少し、嬉しそうだった。
やっぱ俺とあいつはもう、マブダチ確定ってことだよな。
なんせ、担いでもらった仲なんだ、これをマブダチと呼ばずになんと呼ぶのだ。
…………さて、マブダチが増えたところで、早く寝るとするか。明日は決戦だしな。
扉を開け、玄関を通り、階段を上がり、栞の部屋へ。
「…………ぅ、すう、すぅ……」
栞の寝息。…………異常なし、か。良かった。俺も寝るとするか。
自分の部屋に行こうとした瞬間――――
「喜助、だめだよお……」
「えっっ…………」
まさか、栞、起きたのか? 後ろを振り向くと。
「喜助、女の子用のスクール水着で登校しようとしないでぇ…………」
「……………………」
何だと思っているんだ、俺のこと。
「せめて男の子用にしてぇ…………」
いや、男用でも駄目だろ。変態だろ。
「…………はは」
でも、まあ俺の目指すところが再確認された気がする。俺の還る場所が。
日常――――――くだらないことで笑い合える幸せな日々。大切な、大切な。
…………さーて、寝るか。
栞の部屋を後にし、俺の部屋へ。
血塗れのカッターシャツは…………とりあえず、机の中にでも突っ込んどくか。よし、それじゃあ…………
ベッドに倒れこむ。倒れこんだと同時に脳を一瞬で落とされるような眠気がくる。
特に何も無かったな、家の中は。何らかの罠も、敵も。本当に何も。……良かった。
これならすぐ寝ても良さそうだ。
――――――――あれ、でも玄関の鏡に何か見たような気もする。
それは、それは。確か――――――――
“――い瞳”を持つ幽鬼のような男の貌だった気がす、る。




