プロローグ
プロローグ
刀と拳の激突――――戟がぶつかり合う音が木霊する――――――
軋轢する双者。繋争する魂。
人間が寝静まった夜。月光照らす公園。そこには戦う少年と少女の姿があった。
――――――少年の拳が少女の刀を砕く。
――――――少女の刀が再生され、少年の腕を斬り落とす。
転じて、少年の腕が再生され、再び拳と刀をぶつけ合う。
それは、伝奇的な光景。剣と拳がぶつかり合う非現実的な状景。
――――当然だ。刀と拳が硬度において互角の勝負を繰り広げられるはずはなく、それらが再生されるなど、非現実的であるとしか形容しようがない。
――――理由はただ一つ。彼らは人間ではなく“と呼ばれる異形の者であるからだ。
“咒鬼”――人智を超えた存在。人非ざる存在。“咒力”を用いて“咒術”を行使する強大にして凶大なる異型の存在。
しかし、彼らは略奪や暴虐衝動故に戦っているわけではなかった。
彼らには、大事なもの、守るもの、守りたいもの、失いたくない……無くしたくない大切な人の為に戦っていた。
彼らは、自身が正義であるとは思っていない。自身は大切な人を守りたい……その欲望に身を突き動かされているのだ。自身が悪の身ならば悪で良い……我は大切な者を失いたくないのだ、と。
――――八双。
先程の激突から転じて、少女の執る構え。
八双――――刀術における五行の構えの一つ。刀を立て右側に寄せ、左足を出して構える――――これを正面から見ると“八”の字に見えるが故に八双。
この八双、残念ながらも欠点を孕んでいる。
その正体――――八双からの斬撃は繰り出す際に非常に大振りで、隙も多く、他の五行の構えにおける上段、下段、中段、脇構え等とは異なり、刃が相手を睥睨しておらず、攻撃を仕掛けられても対応しづらい。そう、八双という構えは非常に危険を孕んだ構えである。
――――然れど、然れど然れど然れど。
殊、斬撃においては他の構えを遥かに凌駕する。上段からの斬撃は刀が上方向から一気に振り下ろされるのに比べて、八双からの斬撃はほぼ半円の軌道を描き、全体重を乗せて相手へ刀を奔らせることが可能なのである。
刀剣が斬器として最も威力を発揮するは、対象に人中線から三十度・四十度間の角度で斬撃を行った際であり、八双はそれを最も迅く確実に繰り出せる構えなのである。
そう、八双からの斬撃は威力、迅度ともに最大なのだ。
そして、相手の左肩口から右脇腹へと斜に奔らせる袈裟懸け――――頚動脈、気管、脊髄の急所を一度に狙うことが出来る――――――その威力は“咒鬼”たる異形を殺すにまで至らずとも、絶大である。
異形の太刀。剛にして迅なる太刀。攻防一如を欠くが故の鋭刃が今、少年に襲い掛かる―――――が、不届。不成。不斬。
防御――――右腕で受け、停止。
次いで胴薙ぎ、右脚部から右肩部への縦一閃――――――――燃れど防がれる。
転じて上段からの頭部への真直斬り、心臓への刺突――――――またも防がれる。
攻撃の悉くが防がれる。当たらず、届かず、響かず。
――喧嘩殺法。
少年の戦い方はそれだ。型というものが存在せず、自身に存在す戦闘本能のままに力を振るっている。
戦闘本能――――――――生物に潜在す摂理。たかが本能、されど本能。
戦闘手段――――――――闘の法、格闘術が存在する。
それは中国拳法であったり。それは空手あったり。それは柔術であったり。それはムエタイであったり。それはテコンドーであったり。それはフェアバーンであったり。それはクラヴ・マガであったり。
には型が存在し、型に導かれる。
攻守の理論――――――呑・吐・浮・沈と剛・柔・動・静に導かれる。
しかし、今の彼は格闘術無しで無意識の中、それを行っていた。
野生、思うが侭に動き、堅実たる法を打ち砕く。故に彼は刀法を修める少女に対し、互角の戦闘を繰り広げることが出来ているのだ。
刺突を掴んだ手で少女の刀を折砕し、少女の頭部へと拳を奔らせる――――――少女は身を迅速に沈め対処――――――否、対処しきれず。
少年は右拳を奔らせると同時に、先程折砕した刃を左手で奔らせていたのだ。
刹那一念、少女の右顔部に縦の斬疵が奔る。次いで、少年の右膝が襲い掛かる――――――が、十字受けすることで衝撃軽減。
仮借無く、間髪無く間合いを詰め、少年の手刀が頭部から股部へと奔――――る直前に無我夢中で後方へ跳躍する少女。
――――――――――このままでは駄目だ。
少女の焦り。
――――――――――もっと剛い刀を。
少女の決意。
少年は襲い掛かってくる。即座に襲い掛かってくる。故に迅速に刀を創造する必要がある。剛なる刀を。あれに敗けぬほどの刀刃を。
指先に気を集中させる。意識する。想像する。そして創造する――――――――!
少女は刀を八双で構え、疾駆する少年と対峙する。豪風と化した少年と。
――――今――――――――!
少女の刃と少年の拳が激突する――――!!
咆哮するは刃と拳。散らすは火花。攪拌するは魂。
公園に交戟の音が響く。
……この均衡は中々、破れる気配はない。交えた拳と剣は五十に達しようとしていた。
――――我不望千日手――――――――埒が明かない。
故に次の瞬間、双方、この均衡を破り、我が勝利せんと距離をとり、互いの戟に咒力を注ぎ込む。
――――更なる刀刃を。
――――更ナル拳ヲ。
「――――――――――!」
少女は唱える、その真語を。
少年は奔らせる、全身全霊のをその拳に。
――――我殺汝以一撃――――――――!!!
その意思の下、今、破絶の戟が激突する――――