ナース長
アネモネがいなくなってからすぐ、僕たちも屋上から自室に戻ることにした。遥はあれから何かに怯えるように僕にしがみついて何も話さなくなってしまったし、僕自身も混乱していた。
自室に戻ってからは、ずっとアネモネのことが気になって仕方なかった。彼女は一体何者なんだろう?遥は彼女のことを知っているんだろうか?知っているなら、一体何に怯えていたんだろう? わからないことだらけだ。
「……まぁ考えてもわからないんだけどね」
そう独り言を呟いて、僕は考えるのをやめた。僕は無駄に考え事をしたりするのは嫌いなんだ。何といっても広く浅くがモットーだからね。……誰に言い訳してるんだ僕は。やめやめ、寝て忘れて、いつもどおりに戻ればいい。
「お休みなさい」
そう言って、僕は眠りについた。
(午前7時になりました。おはようございます、寺崎さん。今朝は血圧が基準値より低めになっています。担当医に情報を伝達します)
腕時計のアナウンスで目を覚ました。この腕時計は規則正しい生活にはうってつけだけど、こう何でもかんでも管理されてるとあまり良い気はしないな。
「……取り敢えず、顔洗う」
頭の冴え切っていない状態で体を起こし部屋の扉を開けると、ちょうど令子さんと鉢合わせた。
「あ、令子さん。おはようございます、早いですね」
「お、よう景虎。そうなんだよー、昨日泊まり込みでさー。ったく最悪だよ」
これでも綺麗な女性だ。
「あ?」
「いえ、そうだ令子さん。聞こうと思ってたんですけど、この腕時計って一体何ができるんですか?僕、説明受けてないんですけど」
「あ、やべ。説明すんの忘れてたわ」
おいおい……
「そいつはなぁ、目覚ましとか…飯の時間とか点滴の時間とか教えてくれたりなぁ、あー……あとは……まぁたいしたことねぇよ」
遥と同レベルかよ!この人ほんとに看護師なんだろうな?
「……そうですか、全部わかりました。いや、わかってました」
「なんだその言い方は?これでもなぁ、この腕時計の管理はあたしがやってんだぞ?」
「えっ?それ大丈夫なんですか?」
「ほんとに失礼なガキンチョだな。大丈夫に決まってんだろ」
「具大的に何やってるんです?」
「あー、パソコン使って患者一人ひとりのデータを登録して、点滴の時間とか飯の時間とか設定する。あとはその腕時計が勝手にネット使ってなんとかしてくれる」
なんだ、大したことしてないのか……よかった。
口にしてない筈なのに思いっきり頭はたかれた。
「とはいえ、そんなことでも一人でやるのは大変じゃないんですか?ミスとかしたりしないんです?」
「流石にあたしも人間だからミスくらいはするさ。だからナース長がしっかり確認してる。あの人おっかねーんだよなぁ。いちいちうるさいし」
そう話す令子さんを見ると、愚痴をこぼす彼女の背後にナースのおばさんが音もなく忍び寄っていた。
「令子さん?誰がうるさいって?」
「げ!?沖田さん……い、いやーお疲れ様ですーはは……」
「こんなとこで油売ってないで、さっさと仕事なさい!」
「は、はいー!」
そう言って令子さんは足早に立ち去ってしまった。するとナース長と思しき彼女は僕の方に目線を変えて話しかけてきた。
「きみ」
「は、はい!いや、僕は何も聞いてませんでしたよ?」
とっさに言い訳してしまった。なんで言い訳してるのかわからないけど。
「令子さんはあんなだけど、看護師として必要なものはしっかり持ってる子だから、あんまり見損なわないでね」
「え?あ、はい。もちろん」
「そう、ありがとう。私はここでナース長をしてる沖田恵っていうの。退院までよろしくね」
「は、はい。寺崎です、よろしくおねがいします」
そう僕が返事をしたのを聞いて、彼女は何処かへ行ってしまった。なんだ、意外と優しそうな人じゃないか。これぞまさに看護師といった感じでいい人みたいだ。
「……あれ、なにか落としたぞ」
どうやら沖田さんのものみたいだ。家族写真だろうか、彼女と一緒に僕と同じくらいの歳の男の子が写っている。後で事務に届けないとな
それから3分ほど自分が何をしに部屋の外に出たのかその場で考え込んだ末、結局思い出せず部屋に戻ってしまった。恥ずかしい話だ。朝食をとって、その後いつもどおりの時間に点滴を打ってもらい、写真を事務に届けることにした。
「あの、すいません」
「はい、どうかしましたか?」
「これ、沖田さんが落としてしまったみたいなんで届けに来たんですけど……」
「あー、どうもわざわざありがうございます。沖田さん、その写真とても大事にしてましたから、拾ってもらって喜ぶと思いますよ」
「この写真に写ってる男の人って、沖田さんの息子さんですか?」
「ええ、そうよ。でも沖田さんの息子さん、3年前くらいに病気で亡くなっちゃってねー」
「そうだったんですか……」
「なんか手術がうまくいかなかったらしくて、可愛そうよねー」
「そうですね…」
「それじゃあこれ、沖田さんに渡しときますね」
「あ、お願いします。それじゃあ 」
……なんかあんまり聞いちゃいけないこと聞いちゃったなー。こういう時って聞かなかったことにするのが一番なんだろうか。まぁ聞かれない限り話さなければそれでいいか。
「暇だし、遥のところ行くか……」
入院ってしたことない人は一度は入院したいなんて思うかもしれないけど、したらしたでクソつまらなくて後悔するんだろうな……今の僕がそれを証明してる。
「よー、遥。暇かー?」
「あ、虎くん。だからノックくらいしてよねー。ってかこれ見てみなよ!これ!」
遥はテレビの方を指して嬉しそうにしている。
「ほら!虎くんテレビに出てるよ」
「あー、あの時の取材かー。いいよ、見ないで」
「えー、なんで?」
「自分がテレビに出てるの見るのなんとなくやだ。なんか恥ずかしいしさ。それになんか珍しい生き物として取り上げられてるみたいでやなの」
「ふーん。遥だったら嬉しいけどなー、テレビに出られたら」
「お前だって、おんなじなんだから取り上げられてるんじゃないのか?」
「え?あぁ遥は1ヶ月前くらいにもうテレビに出ちゃったから」
「ならよかったじゃないか」
「まぁね」
なんだよ、やっぱりいざ取り上げられたらあんまり嬉しくないみたいじゃないか。遥はほんとにお調子者だな、まったく。
「そんなことより暇なんだよ。遥、なんか面白いことないかー?」
「えー、遥に聞かれてもなー。お話するくらい?」
「いやまぁそれでもいいんだけどさー。そうだ、お前ここの料理長知ってる? 」
「ううん。知らないけど、でもここのご飯は美味しいよねー」
「誠さんっていうんだけど、今は昼もちょうど終わった頃だし、暇かもしれないから会いに行ってみようぜ」
「いいけど、いいのかな?そんな勝手に」
「まぁ、ダメそうだったらその時で、とにかく行ってみようぜ。ここにいても暇だし」
「そうだね、行こっか」
そうして僕たちは誠さんのところへ向かった。
ようやく人の紹介も終わりを迎えてまいりました。_(-ω-`_)⌒)_
次回以降はようやく推理小説らしくなってくると思いますんで、読んでもらえると嬉しいです。
感想、批評、好評、アドバイス、随時募集してます!是非お寄せくださいね_( ´ ω `_)⌒)_