探偵
(寺崎さん、只今午後6時、そろそろ食事の時間です)
腕時計の声で僕は眠りから覚めた。どうやら遥が帰ってから少し寝てしまったようだ。
「病院食ってまずいらしいし……食わなくて良いかなぁ」
そう独り言を呟いたつもりだったのだけど、聞いている人が1人
「それは聞き捨てならないな」
扉の奥からそう言ってそのまま部屋に入ってきた。その姿は完成され尽くした看護師と言えば良いのか、いわゆる優しそうなお姉さんオーラが出たなんとも綺麗な人だった。……遥、俺はこのお姉さんについて行くよ。ありがとう世界よ!お姉さん属性万歳!
「……声に出てるんだけど?」
「は!?失礼失礼。実は僕、美しい女性が目の前に現れると独り言を叫んでしまう持病を持ってまして」
「ふーん……新しい薬出すから、それも飲んでね」
渾身のボケを軽くあしらわれてしまった。
「そんなことよりうちの飯がまずいだって?食ったこともないのによくそんな大口叩けるな?ん?」
前言撤回、この人優しくはない。理想のお姉さんってやっぱりそう簡単には見つからないんだな……
「おい、なんか失礼なこと思ったろ?」
「ま、まさか。それよりも病院食は美味しくないのが定石でしょう?」
「他の病院食はともかく、うちのはしっかり料理長が研究し尽くして作ってるんだ。まぁ食ってみろよ」
そう言って出されたプレートには美味しそうな品々が飾られていた。
「これで750カロリーだ」
「へぇ、それは凄いですね(カロリーなんて気にしたことないから凄いかわからん……)」
まぁカロリーはさておき、確かに味はなかなかのものだった。なんでもこの病院の料理長は海外で修行を積んで、帰国後しばらくの間はホテルのシェフをやっていたらしい
「ちょっと呼んできてやるよ、それ食って待ってな」
「いや、別にいいんですけど……」
と言いながら看護師さんの方を向いた時には、もう彼女はそこにはいなかった。忙しい人だな……
2、3分としないで彼女は小柄な男性を引きずるように連れてきた。
「ちょ、ちょっと令子さん!」
「おう、こいつが料理長の井之端誠だ」
「一体どうしたんですか、いきなりついて来いって言い出して」
「いや、こいつが誠くんの料理に惚れ込んだっていうからさ」
そこまでは言ってない
「えっと、寺崎景虎です。料理美味しかったです」
「あ、僕は井之端誠っていいます。誠で良いから、よろしくね」
「お前寺崎景虎っていうのか」
知らなかったのかよ!看護師としてどうなのよ……
「僕もあなたの名前知らないんですけど……」
「ん?あー、言ってなかったっけ?あたしは美神令子だ。よろしくな景虎」
いきなり呼び捨てかい。コミュ力高いと褒めるべきか、患者に対する態度かと怒るべきか……この人相手にしてると調子狂うな。
「では誠さん、しばらくの間ですけど宜しくお願いしますね」
「うん。こちらこそ」
「おい」
「はい?何ですか?」
「あたしは?」
「あー、どうも宜しくお願いしますね」
「なるほどな。明日からお前は座薬の刑だ」
すんません。座薬だけは勘弁してください。あんな人類の羞恥を凝縮したような薬だけはゴメンだ。
「ところでさ誠、親父さんの調子はどうよ?」
「ああ、父さんは今は落ち着いてるよ。食事もしっかりとってる」
「誠さんのお父さん、病気なんですか?」
「うん。煙草の吸い過ぎで肺がんになってね……この病院に入院してるんだ。自分で建てた病院なのに、世話ないね」
「ということは、この病院は誠さんのお父さんが院長だったんですか」
「そうだよ。井之端病院は父さんで3代目なんだけど、……僕は医師にはならなかったから父さんの代でおしまいかな」
そう申し訳なさそうに話す誠さんに、僕は何も言うことはできなかった。
少し重くなってしまった空気を打ち消すように、令子さんが早く食べろと話題を変えてくれた。この人は空気を読んでやっているのか、空気が読めなさすぎて逆に空気が読めてるのかわからないけど、ありがたいフォローだ。
「景虎君はあとどのくらい入院するんだい?」
「あと2週間程度ですかね、退屈で仕方ないですよ」
「そうか……ならせめて食事は楽しんでいってもらわないとね!」
そう言って、誠さんは僕に満面の笑みを見せた。
僕が食事を終えると、二人は足早に部屋から出ていってしまった。それもそうか、こんなところで油を売っていると偉い人に怒られるだろうしな。僕も急に暇になってしまったし、遥のところにでも行くかな……
こうやって病院をうろつくだけでも10年前とは少しずつ違うところがあって、やっぱり僕は未来にいるんだなと実感させられる。いや、僕にとって未来ってだけだけど。
「よー、遥。暇だしなんかしようぜ」
扉を開けながら部屋に入ると、遥は点滴の最中だった。
「ちょ、ちょっと虎くん!ノックくらいしてよ!」
「恥ずかしがることないだろ?彼氏なんだし」
「彼氏だから尚更いやだよ!着替えの途中だったらどうするの!」
……それは良いな、想像してしまった。
「よし、僕もう一度入りなおすから今から着替えを始めてくれ」
「なんでよ!覗く気満々じゃん!」
「ちぇ、つまんないなー」
「とんだ変態さんだよぉ」
「まぁ冗談はここまでにして、どっか行こうかと思ったけど点滴中か。また出直すよ」
「ごめんねー、この時間はいつも点滴なんだよ。でも点滴しながらでも動けるから、どっかに行こっか!」
「そうか?なら、屋上でも行くか」
「うん!」
屋上を目指しながら歩く遥は、やけに上機嫌なようだ。
「なんだ、やけに気分が良いみたいじゃないか」
「うん!ついさっき良くなった」
「へぇ、良かったな」
「……鈍すぎない?」
「俺が?まさか、俺は鋭さで言ったらかの有名なシャーロック・ホームズを凌ぐと自負してるんだ」
「はぁ……もういいよ」
なんだ、心外だな。遥はコロコロ機嫌が変わるのが玉に瑕なんだよな。是非とも僕を見習って欲しい。
ご機嫌斜めになってしまった遥をなだめるうちに、屋上にたどり着いた。どうやら僕たちだけらしい。広い空間にベンチがいくつかあるだけの質素な場所だけど、一日中病室にいる僕にとっては世界が開けたような錯覚をうけた。
「いやー、風が気持ちいいねー」
「そうだなー」
「ねぇねぇ虎くん。虎くんはここを退院したらどうする?」
「そうだなー。退院したら……どうするかなー」
「何も決まってないの?」
「遥は決まってるのか?」
「遥は大学行こうと思って。虎くんも同じ大学に行く予定だったじゃん?一緒に行こうよ大学!」
「そうだなー。することもないし、今の僕らはこのまま世の中に出ても社会不適合者だからなぁ。下宿先でも見つけて大学行くか」
「決まりだね!それでさ、」
遥が何かを言う前に、屋上の扉が重々しく開いた。その先には、一目見れば二度と忘れないほどの雰囲気をまとった女の人が立っていた。身長は180はあるだろうか、派手だが動きやすそうな服を着ている。その人はしばらくそこから動かないでいたが、不意に僕に話しかけてきた。
「また、意識が戻ったんだね。景虎」
あれ?なんで僕の名前を知ってるんだ?
「あの……失礼ですがどなたですか?」
「そうか、忘れてしまうんだったね。私はアネモネ、探偵をしているんだ」
アネモネ?ふざけてるのかこの人は?
「あの、何か用ですか?というか、なんで僕の名前を知ってるんですか?」
「すまないけど、私の口からは言えないな。でも、君が知りたいなら私はいつでも手を貸すよ」
なんなんだ?一体全体何を言っているのかさっぱりだ。遥も何か言ってくれ
「な、なぁ遥。この人のこと」
知ってるか?そう聞こうと遥の顔を見た僕はさらに混乱した。
遥は怯えていた。その表情はいつものにこやかな感じとは真逆で、まるで幽霊でも見ているようだった。何がなんだかわからなくなって、アネモネの方に顔を戻したけれど、もうアネモネはそこにはいなくなっていて、開きっぱなしになった扉が風でギィ、という音を立てながら閉まっていくだけだった……
いかがだったでしょう?人物紹介ももうそろそろおわりそうです。もうしばらく辛抱願います。感想、批評、好評、アドバイス、お待ちしてます。是非是非お寄せくださいねー_( ´ ω `_)⌒)_