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19.赤茶色の小屋

しばらく雨の中で抱き合った後、ティアはふと無言で離れ、目も合わさないように立ち上がった。彼女が照れているのが分かり、私も同じように照れてしまう。しかし、立ち上がろうと手を突いた瞬間、肩に激痛が走った。一瞬息が止まったが、ティアに気づかれないようにやり過ごす。

「怪我や違和感はないか?」

「えぇ。大丈夫。アデルは?」

「問題ない。」

念のためもう一度確認して、彼女に大きな傷が無い事に安堵のため息が漏れた。本来ならかすり傷一つ許せるものではないのだが、状況が状況なだけに高望みは出来ない。一方、自分の傷には心の中で舌打ちする。一度気づいてしまうと肩はズキズキと痛み続けるが、私はそれを気合で無視する。暴走馬からは無事降りれたが、危機的な状況なのに変わりは無い。ティアを無事に帰すまで、弱音など吐けるはずが無い。辺りをを見回してもデロリスも、もちろんカシューも姿は見えない。どこをどう走ってきたのか、覚えてなどいないし、雨雲は空を隠していて方角も分からない。

「皆の所まで戻れるかしら。」

無い無いづくしの状況で、ティアの声は思っていたより明るいものだった。私は彼女が、怯えたり嘆いたりしていない事に心底驚かされる。並みの男より肝が据わっていると思えた。

「かなり走ったからな…戻るより下山した方がいいかもしれない。流石に雨の夜に山歩きは危険だ…日暮れ迄になんとかなるといいのだが…」

つい、悪い情報を口にしてしまったが、ティアは淡々と頷いた。

「とりあえず方向を決めて歩きましょう。」

落ち着いているだけでなく、これからすべき行動について、彼女は既にある程度の見通しを持っているらしい。特に何も説明を必要としない事に更に驚く。普通なら貴族の女性に「歩く」という選択肢を選ばせるのには状況を説明したり宥めたり賺したり大変な手間がかかるはずだ。私が怪我も無く他に誰か居れば、私もティアを歩かせようとは思わなかっただろう。抱き上げるか、おんぶでもして移動したい所だ。が、護衛が居ない今、何か獣でも出たら対応するのは私だけだ。だから彼女は自分の足で歩くしかない。しかしティアは当たり前のように歩くという。その発想に多くの女性が持つ甘さは無い。まぁ、普通の貴族の女性では無いから、領地の視察に同行しているのかもしれないが。

「あぁ、そうだな。」

私は彼女の頼もしさに対する嬉しい驚きを全て飲み込んで、そう返事をすると手を差し出した。彼女はその手をじっと見て、でもすぐに自分の手を重ねてきた。手をつないで歩き出す。はぐれないように、少しでもティアが楽に歩けるように。自己満足程度の効果だが、たくましい彼女に何かしてやりたかった。それでも、小さく冷たいけれども柔らかい手に励まされたのは私の方なのかもしれない。


雨の降りしきる中、歩いても、歩いても、元の道どころか足跡さえ見つからない。歩き出す方向を間違えたのかもしれないと思うが、元に戻るのは早々に諦めているので、そのまま歩き続ける。どこかに下山すればおのずと活路はある。山の中をぐるぐるといつまでも歩き続ける事だけは避けたい。しかし、雨雲のせいで今日は夜の訪れが早い。だんだんと暗くなっていく木々の中、焦る気持ちが平常心を脅かす。しかし、私の隣でティアは散歩でもするかのようなのんびりした雰囲気で、足取りも軽やかだった。時々木の実を見つけては摘んでいる。何をしているのかと思うが好きにさせる事にした。彼女も彼女なりに平静の保とうとしているのかもしれない。黙々と手をつないで歩くと、昔読んだ絵本を思い出す。兄妹が森に捨てられ、お菓子の家を見つける話。お菓子の家に住んでいたのは実は魔女だったという件が幼い私には衝撃的でどうか主人公達が無事であるようにと祈りながら続きを急かしたものだった。あの本を読んでくれたのは母だったか、兄だったか…きっと兄だったのだろうと思う。年の離れた兄は根気強く私と遊んでくれた。絵本を読んだり、チャンバラをしたり、かけっこをしたり、ボードゲームも楽器の演奏も最初に教えてくれたのは兄だった。今思えば勝てるはずが無いのに、負け続けて私が不貞腐れる直前の絶妙のタイミングで勝たせてくれていた。

つらつらと無駄な事を思い出しているうちに、あたりは本格的に暗くなってきた。この山は獣が多く居る。いくら剣があるからといって、夜歩き回るのは得策ではない。かといって火もおこせないこの状況で地べたで休んでいては危険度に変わりは無い。山小屋でもあれば良いが…無ければ最悪ティアを木に登らせるか…それならば、あたりが完全に闇に沈む前に決断しなければならない。

「ティア、木登りはしたこと有る?」

「あるわ。」

「あるのか?」

私はそんな訳ないかと思いつつ、木登りの必要性を伝えるきっかけとして努めて軽く尋ねたのだけれども、予想外の答えが返ってきて、思わず彼女を振り返る。私の反応にティアは小さく口を尖らせる。

「あるわ。小さい頃だけど。いけない?」

「いや……それは良かった。」

「急に何の話なの?」

「もし、野宿することになったら、木の上で休もうかと思ってね。」

「木の上で?」

「あぁ、獣よけになる物がないからな。狼の群れにでも囲まれたらたまらない。」

「なるほど。きっと木に登るくらいはなんとかなるわ。狼とは戦えないけれど。」

「それで十分だ。」

彼女のあっさりした言い方に思わず顔がにやけてしまう。口に出さずには居られなかった「お転婆だったんだな」という呟きを聞き咎めて、彼女はジロリとこちらを睨んだ。その鋭いまなざしも、口元が笑いを堪えてゆがんでいては台無しだ。


そうこうしている内に、いよいよ暗くなってきた。雨は少し小降りになってきたが、依然と方向はわからない。木々の隙間から見える濃い灰色の空に月も星も期待でき無い。私は歩きながらティアが楽に登れそうな、そして安定して座れそうな大木を探す。更に、ある程度の高さも無いと効果が無い。とその時、薄暗がりの中、一部色彩の違う部分を見つけて目を凝らした。木々の間に赤い屋根の山小屋が見えて、あまりの運のよさに何かの罠かと疑うほどのタイミングだ。

「アデル?」

急に歩く方向を変えてしまった私に、ティアが戸惑いの声を上げる。グイっと引っ張ってしまった手を緩めて、私は小屋を指差す。

「山小屋だ。あそこで一晩明かそう。これ以上やみくもに歩き回っても無駄だろう。」

私の言葉にティアは驚き、そして頷いた。


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