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15.月白色の邪魔者

だから、なんだってこう忙しいんだろうか。どれだけ仕事をしたって、やるべき事が後から後から沸いてくる。ティアとゆっくり過ごす時間など夢のまた夢で、相変わらず、週数回の夕食の時間が彼女とのほとんど唯一の接点だ。


ティアが我が家に来てから1ヶ月程たった頃、私はやっとダンテスに薬を盛られていた事に気がついた。あまりにも眠気に逆らえないので体がどこかおかしいのかと疑って、医者にかかろうとしたら教えてくれた。ダンテスは平謝りしていたけれど、怒る気にはならなかった。むしろ主に薬を盛るなんていう究極の選択をさせたことをこちらが詫びたいくらいだ。けれど、薬で眠っていたから有事の際に起きられませんでした…となっては一大事なので薬を使うことは止めさせた。止めさせたけれども、気づかずにいられた方が幸せだったに違いない。薬の事に気づいたその晩、私は寝室に入ってもなかなかやってこない眠気をなんとか呼び寄せようともがいた。ふと気づくとティアの寝室に繋がるドアをじっと見つめている自分が居て、ダメだと思えば思うほど目が離せない。気を付けていないと、いつの間にかベッドから降りてドアをノックしてしまいそうだった。きっと鍵は閉められておらず、ティアが起きていればノックに応じるだろうと思われた。それはなんとも甘美な想像だった。しかしその甘美さに負けてしまっては一家の主としての威厳が保てない。なんとかドアに触れずに朝を迎えた時はなんとも言えない達成感を感じた。朝日が目の奥に刺さると、寝不足でこめかみが痛んだ。それまでの安眠がすでに懐かしかった。その次の夜は、前日の寝不足のおかげであっという間に眠った。夢さえ見ずに朝まで眠る事ができた。


一晩悶々として、その次の晩は死んだように眠る…というサイクルを数回繰り返したある日、私はついにあのドアの前に立ってしまった。その日はティアと夕食を取った日で、私が寝室に入るのはいつもより早かった。彼女が眠っていないという確信があったのと、夕食での会話があまりに楽しくて、もう少し話したいという欲求が高まっていた為に自制が利かなかった。夕食時にワインを飲み過ぎたのも原因の一つかもしれない。決して、彼女に不埒な行いをする為ではなく…少し、そう、もう少しだけ話したいと思ったのだ。意を決して、ノックをしようとした瞬間、部屋の中から話し声が聞こえてきた。侍女が下がるまで待つべきか悩む。私がティアの寝室を訪れた事が知られるとダンテス辺りが煩い。

「湯加減はいかがですか?」

「丁度いいわ。レモングラス?いい香りね。」

足湯でもしているのか、微かに水音まで聞こえる気がした。私は思わず、ゴクリと喉を鳴らす。

「今日はお疲れ様でした。」

「そうね。カナンも、一日が長かったのでなくて?」

「もったいないお言葉です。」

「けれど、本当に疲れたわね。話を聞くばっかりって疲れるのね。」

「興味深いお話でも長すぎると…」

「そうそう。興味も薄らいじゃうのよ。これ以上はもうたくさん。」

「今夜はゆっくりお休みになってくださいませ。」

「えぇ。ありがとう。」

私はノックのために上げた手を下ろしてうなだれた。もう少し話しがしたいのは私だけだとはっきり言われてしまった。今度から、長話は禁物だ。彼女がニコニコしているからって調子に乗ってはいけないのだと学んだ。すごすごとベッドに戻る。ドアから離れるとティアの部屋の会話は聞こえなくなった。それでも、なぜか彼女の足をすべるぬるま湯の水音が聞こえる気がして、布団をかぶって耳を塞いだ。


それから、私は一晩悶々と過ごし、一晩死んだように眠り、それを数回繰り返してついにドアの前に立つも、中からティアと侍女の会話が聞こえて引き下がる…ということを数回繰り返した。私がティアの部屋を訪れようとドアの前に立つと、どういう訳か中から必ず侍女とティアの話し声が聞こえる。最初の晩以降内容までは聞いていない。しかし、やはり、ティアの寝室を訪れた事が侍女に知れるのはあまり思わしくないので、話し声が聞こえた時点で諦める。侍女の退室を待ってみても女同士の会話というのはなかなか終わらないらしく、いつまでたっても声は止まない。


ティアと結婚してからもうすぐ2ヶ月が経つ…というある日、私はとうとうもう侍女に知れてもいいやという気になってしまった。ダンテスには後1ヶ月程は待てと言われていたが、私がティアを下賜された時、既に殿下の最後の御渡りから4年は経っていたのだ。後宮に居たと言っても御渡りが無かったのだから、子どもなんかできるはずが無い。もし、すぐに子どもが出来ても私の子以外の何者でも無い。今身籠って権力争いに巻き込まれるなら、あと1ヶ月たったって巻き込まれるのでは無いだろうか。そもそも、ダンテスが慎重すぎるのだ。主の夫婦生活にまで口を挟むなんて、執事として行き過ぎた行為だろう…とまぁ、頭の中では色々理由を並べたが、要はいよいよ我慢できなくなったのだ。

この2ヶ月でティアはあの笑顔を時々私に向けてくれる様になった。それだけでなく、ふとした瞬間に私に気を許してくれているのかもしれないと思うことが増えた。「一緒に夕食を頂ける日は、つい食べ過ぎてしまいます。」とか「今日はどんなお話が聞けるのか、楽しみにしていたのですよ。」とか「お体は大切になさってくださいね。アデルバート様あっての侯爵家なのですから。」とか言われれば、誰だって舞い上がる。むしろ、舞い上がらせる為に言っているのではないかと思う。彼女だって、私が一歩踏み込むのを待っているのかもしれない。

私はあのドアの前に立つ。最初の日以降あちらの部屋には行っていない。今日もティアはカウチの上で、あの不埒な月光に抱かれているのだろうか。ドアの前に立っても話し声は聞こえない。話し声がしても怯まない覚悟をしていたから、何だか拍子抜けした気分だ。気を取り直してノックする。

―コッコッ―

思ったよりも小さな音しか鳴らなかった。案の定返事もない。しばらく待っても返事が無いので、もう一度今度は程よい強さを意識してノックする。

―コンコン―

軽やかな音が響いて、しかしやはり返事が無い。何となく嫌な予感がしてドアノブを静かにひねるが、残念ながらドアは少しも動かなかった。何故だろう…ティアはいつからこのドアに鍵をかけるようになったのだろうか。私は何を失敗したのだろうと思いを巡らせる。彼女の態度が軟化したように思ったのは私の思い込みだったのだろうか。

「アデルバート様。」

冷静な声に呼ばれてビクッと肩が震える。私がいるのとは反対側のドアに、渋い顔をしたダンテスが立っていた。

「な、なんだ。」

私はぎこちなく振り返って、小さな声で返事をした。ダンテスは小さくため息をつくと、すでに奥様はお休みになられていますと言った。

「昨日より月のものとの事で、倦怠感を訴えられて早めに就寝なさいました。」

「月のもの…」

私は大げさにため息をつくと、ダンテスのお小言を聞き流してベッドに倒れこんだ。安心したような残念なような…しかしなんでこうも月は私とティアを遠ざけたがるのが…誰に尋ねても正しい答えは得られそうにない。


「奥様、おはようございます。」

「あら、今日も早いわね。おはよう。」

「昨日の教会での講義はいかがでした?」

「面白かったわよ。特にハーブの育て方については勉強になったわ。」

「そうですか。それは良かった…。神父様の舌は相変わらず滑らかでしたか?」

「えぇ、そりゃもう。神父様のお母様の得意料理とか、子どもの頃の遊びとか、たくさんおしえて下さったわよ。」

「ありゃ、それはお疲れ様でした。」

「いいえ。次はあなたが行って神父様に習ってきて下さいね。次はハーブティーについてらしいから。」

「そりゃないっすよ。奥様。」


*****


ってことで、ティアはアデルバートの話が長いって言った訳ではなかったんですよ。アデルバートは自分の事だと思い込んじゃいましたけどw

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