10.紫灰色の無礼講
シガールームに移動すると既に煙草と酒の用意が有った。食事中にもかなり飲んでいる為、果実水も用意されている。しかし、果実水を望む者は居ないようだ。騎士というのは大概酒が好きな連中が多い。シガールームでの持て成しは基本的に最初から最後までホスト一人でする。しかし、今日は人数が多いから2杯目からはセルフサービスということにしてもらった。葉巻に火を付けると途端に部屋が煙に霞む。紫掛かった灰色の煙がゆっくりと昇ってやがて広がって境目を無くしていく。シガールームはソファーが置いてある部屋とビリヤードやダーツ、チェス等が用意してある遊戯室の2間続きだ。若い騎士達はすぐに遊戯室で遊び始めた。私は隊長以下の年長組とソファーに腰掛け雑談に興じる。
「ラファエル侯爵様は…シンディーレイラ姫をどう思われますか?」
酒の力もあり、騎士達の性格もあり、ざっくばらんな会話の途中でふとそんな事を尋ねられた。質問した騎士を最年長である隊長が諌めようとするが、私はそれを笑って制した。
「どう…とは?若く美しい姫だと思いました…という答えを欲しているわけでは無いでしょう?」
私の穏やかな口調に質問した騎士は頭を掻いた。
「いや、あの、可愛いとか愛しいとか…その、いや、違うな…えーっと…」
しどろもどろになってしまった彼に代わって、騎士隊長が口を開く。
「10日間の旅の中で、シンディーレイラ様のファンになる騎士が多く居まして。」
「ファン?」
私は隊長の言葉選びのコミカルさに口元が捩れるのを抑えられない。
「はい。我々は様々な方の護衛をしてきましたが、身分の高い姫様方の護衛というのは、護衛としての仕事以外の所で大変な事も多いのです。今回も、ラファエル領までという長旅で果たして姫様は耐えられるのかと危惧していたのですが…。」
隊長の言葉に周りの騎士達は大きく頷く。ファンになる騎士が多く居たというよりも、とりあえず目の前にいる騎士は全員が彼女のファンになってしまっているらしい。
なんでも、長い旅の間、わがままを言わず文句を言わず泣き言も言わず、それだけでもずいぶん騎士の受けは良かったそうだ。それだけでなく旅の途中、城の不手際で大衆食堂で食事となってしまった時も、高級宿に泊まれなかった時も、嫌がるどころか誰よりも楽しむ姿に、高飛車なところの無いすばらしい姫として皆に認識されてしまったらしい。侍女や騎士達と同じものを同じ場所で食べたがり、騎士には貴族も庶民も混じっているが誰にでも気軽に声をかけわけ隔てなく接し、途中立ち寄った公園では庶民が食べるようなお菓子に興味を持ち、物欲しそうに見つめる子ども達を呼び寄せてお菓子を分けて、一緒に遊んで…隊長の話に皆が補足し、あれやこれやと話してくれる。シンディーレイラが10日間の内で起こした小さな武勇伝は挙げればきりがないらしい。しかし…こんな話を私にしてもし私が「はしたない」などと言って彼女を嫌悪したらどうするつもりなのだろうか。騎士団で攫ってかくまう…というのはあまり現実的では無いと思うのだが…。
「ということで、騎士団全員、シンディーレイラ様のお幸せを祈っているのです。」
そうまとめて騎士団長は挑むような目で私を見つめた。話を聞いていて分かった事は、結局騎士団長が一番シンディーレイラに心を奪われたということだ。彼女の話をする時の彼の瞳は娘の自由奔放さを慈しむ父親のように愛情深かった。私はそんな彼の目をまっすぐ見つめた。
「それは、すばらしい話を聞かせていただいた。騎士団員の皆様には安心して頂いてかまいませんよ。私も彼女は幸せになるべき女性だと感じています。そして、そのための努力は惜しまないつもりもありますので。」
それを聞いて、目の前の騎士達は安堵と少しの愛惜が混ざったため息をついた。団長も込めていた力を緩めて少し照れくさそうに微笑んだ。こんな言葉を言える立場でないのですが…と彼らは前置きする。酒の席での戯言としてお許し下さいと。
「どうぞ姫をよろしくお願い致します。」
目の前で下げられるたくさんの頭にやはり彼女を選んで正解だったと再確認する。これほど人を惹きつけるのだ、私が選ばなかったら他の誰かに下賜されていたに違いない。
「はい。承知しました。」
その返事でこの話は終わりになった。言われるまでも無いと言わないだけの配慮は私にもあったらしい。




