09.深緑色の贈り物
GW中に細々と書き溜めたので、今日はもう一話投稿します。
食堂で騎士達に食前酒を振舞っていると、シンディーレイラの入室が知らされた。今の今まで平常心でいられたのに胸が高鳴る。再会の喜びで頬が弛みそうになるが、必死で耐えた。立席の必要は無いと騎士達を制して、私一人迎えに立つ。扉が開いた瞬間、ガヤガヤとした物音が止んだように思う。私の用意したドレスをまとった姿は何にも例え様がなかった。名工が作った人形と言うにはその姿はあまりにも生き生きと生命力を宿しているし、天使と言うには大人びた色気がただよっているし、女神と言うには近寄りがたい雰囲気は無い。朗らかな笑みを浮かべた彼女は部屋をぐるっと見渡してから、真っ直ぐと私に目を向けた。目が合って初めて、言葉を失っていた事に気づく。
「アデルバート・ラファエルです。長旅お疲れ様でした。」
動揺を隠して穏やかな口調を意識する。どうして気の利いたセリフが出てこないのか。準備していた言葉は彼女を目の前にして跡形もなく消えてしまった。
「お初にお目にかかります。シンディーレイラ・セレスティアと申します。」
丁寧な礼をとられると、見えない壁を作られたようで寂しく感じる。
「堅苦しい事は無しにしましょう。すぐに、他人ではなくなるのだから。」
思わず口をついた言葉に次の瞬間後悔した。シンディーレイラは驚いたように目を見開いている。余りに馴れ馴れしかっただろうか。しかし一度放った言葉を取り戻すことは出来ない。それに、私の本心から零れた言葉には違いない。彼女の反応を待っていると、シンディーレイラは小さく頷いて、はいと言った。私を気遣っての返事に益々後悔が募ったが、否定されなかっただけマシだろうか。結局、お互い上手く取り繕う事もできずに、勲章の授受でその場をしのいだ。
ダンテスの言葉で騎士や使用人達の前だったことを思い出す。給仕が酒を注ぎ直し、シンディーレイラを含めて乾杯をすると、すぐに食事が運ばれてくる。酒を一口飲んで少し気持ちが落ち着いたのか、ドレス姿を誉めていない事に思い至る。自分でドレスを贈っておきながら誉め言葉一つ贈らないなんてとんだ無礼者だ。すぐに、彼女の美しさを誉め称えたいのだけれど、唐突に賞賛しても言葉が上滑りしてしまいそうだ。
「お気に召していただけましたか?」
結局、無難に質問から会話の糸口を見つけることにした。
「はい。とても。素敵なドレスをご用意頂いて、お心遣いに感謝します。」
慌ててそう言うシンディーレイラに私はにっこりと微笑みを浮かべる。
「気に入ってくれてよかった。とても良くお似合いで見とれてしまう程です。」
私がそう言うとまわりの騎士達も口々に同意した。彼らは私に遠慮して彼女を誉めそびれていた様だ。それらの言葉を一通り恥ずかし気に聞いてから、彼女は私に真っ直ぐ向き直った。
「あの、侯爵様は私の事、ご存じだったのですか?」
その質問に、あぁやっぱりかと思う。反面、すっかり忘れてしまっている事に少しの苛立ちと寂しさを感じる。
「えぇ。以前お会いしておりますよ。」
だから、思い出せない様子の彼女にヒントはあげない事にした。彼女も数瞬不思議そうな顔をしたが、それ以上の質問はなかった。シンディーレイラは考えるのを止めて再度私に目を向ける。私はその視線を受けとめながら、彼女の出方を待つ。
「こちらのイヤリングも、とても素敵で私にはもったいないくらい。」
彼女はそう言ってふんわりと笑った。その様子から裏の意味など無いだろう事は分かるが、どうしても先ほどの騎士達との話しが頭をチラつく。
シンディーレイラが現れる前、食前酒を飲みながら世間話をしていた時に王都の話になった。今、王都の若者の間で、交際を申し込む際自分の瞳の色の石が付いたアクセサリーを贈る事が流行っているそうだ。多くの場合はネックレスを贈るらしい。私がシンディーレイラにエメラルドのイヤリングを用意した事を話すと、ではそれを贈って交際からスタートですねと一人の騎士が冗談交じりに言って、ひとしきり騎士達にからかわれていたのだ。その話の盛り上り所は女性の返事の仕方にあって、アクセサリーに対するコメントをもって返事とするのが粋な所作らしい。女性が交際に同意する時は「気に入った」とか「私の為にあるようだ」とか言い、断る際は「私には似合わない」とか「もったいなくてつけられない」とか言うらしい。
その話からすると、今私はシンディーレイラに交際を断られたらしい。周りでは騎士達が慌てて取り繕っている。
「そ、そ、そんな事は無いですよ。」
「とてもお似合いです。」
「御髪の色とのコントラストが何ともいえませんよ。」
「えぇ。ともかくすごくお似合いです。」
口々に褒められて、照れたように頬を染めて微笑むシンディーレイラに、私はやっと立ち直って言葉を紡ぐ。
「えぇ。貴女には何でもお似合いだろうけれど…そのイヤリングはこれ以上無いほどお似合いですよ。」
私の言葉に騎士達は少し汗をかきながら引きつり笑いを浮かべて、必死に同意をしていた。
その後の食事は比較的和やかに進んだ。ダンテスやニーナやアグリの笑顔が怖いので、シンディーレイラとの会話はそこそこにして、騎士達に話を振る。私個人としてはシンディーレイラと話をしたいが、晩餐会のホストとしては客に退屈させてはいけない。そして、まだ婚姻関係は結んでいないにしても、既にシンディーレイラは純粋な客という訳では無い。彼女もその事を理解している様で、場を盛り上げるのに一役買っている。あまり自分の話をしたりはせずに騎士達の話を聞いている。彼女は聞き上手だ。それに、貴族にも庶民にも分け隔てない態度を取るし、市井の話にも理解がある。
デザートが出される頃になると、シンディーレイラは居住まいを正して騎士達に護衛の礼を述べた。騎士達は照れたように笑って「仕事ですから」なんて言っていたが、感動を隠し切れていない。護衛に守ってくれてありがとうなんて言うご令嬢はなかなか居ないだろうから仕方ないが。
食事が終わるとシガータイムとなる。部屋を移動して煙草と強いお酒を楽しむのだ。通常ならこの時間は男女分かれて過ごす。しかし今日はシンディーレイラの他に女性が居ないし、騎士たちの様子があまりに名残惜しそうで、一応シンディーレイラを誘った。彼女は首を横にふって、
「ここから先は男性のみのお時間でしょう。お楽しみくださいませ。」
と断った。それにひどく満足感を覚える。これ以上彼女の美しい姿を他の男に見せなくて済む。減るから見るなと何度言いたかった事か…最近自覚した独占欲は際限無く膨らんでいく。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
やっとやっと、シンディーがラファエル領に来ました!ここまでなぜか長かった…。お付き合いいただいて本当にありがとうございます。




