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閑話:主様の奥様①

メイ→ダンテス→ニーナと*マークで視点が変わります。


わたしがラファエル家で侍女をし始めて3年。このたび旦那様が奥様を娶られる事になりました。下賜という少々特殊な経緯を経てはおりますが、奥様は奥様です。不備の無いようしっかり準備をして、お迎えしたいと使用人一同、力を合わせたのは言うまでもありません。


奥様の到着される日、私はアグリさんと共にお部屋の最終確認を任されていました。お部屋の仕上がりは上々です。大きな窓が初夏の太陽を招いて明るく、華美な装飾の無いシンプルながら上質な調度品を配置し、気持ちの良い空間が出来上がっていると思います。朝からお掃除をし、ベッドを整え、調度品や備品の点検をして、仕上げに庭の花を飾りました。旦那様が仰るには奥様となられる姫は華やかなものはあまりお好きでは無いようで、20歳というお年ながらシンプルで落ち着いた物を好まれるそうです。彩りを添える花も控え目にけれども可憐に生けることにしました。気に入っていただけるといいのですが。

私は年が近い事もあって、奥様付きの侍女となります。私のような未熟者にそのようなお役目をいただけるとは思っていなかったので、ニーナさんに話を頂いた時はとてもびっくりしました。今までもがんばってきたつもりですが皆様のご期待に沿えるよう、誠心誠意お仕えしたいと思います。

もう少しで奥様が到着されます。私はダンテスさん、ニーナさん、アグリさんと共にお出迎えにも立たせていただけます。皆、新しい奥様を一目見たくてお出迎えを楽しみにしていましたが、大げさな出迎えは長旅でお疲れの奥様には酷だろうと旦那様から少数でのお出迎えを命じられたのです。同期のライアなんかメイだけずるいと口を尖らせてすねていました。そう羨ましがられると、少し優越感を感じてしまいます。ふふふと笑った私に、あぁー性格わるぅいなんてぶつかってくるライアの裏表の無さは私にとっては美点です。あぁ、奥様はどんな方なのでしょうか。想像をめぐらせると、楽しみと不安が入り交じって胸がドキドキとします。ラファエル領に来る事を…アデルバート様の元へ嫁ぐ事をどう受け止めてらっしゃるのでしょうか。貴族の結婚は多かれ少なかれ本人達の意思とは別の所で決まるものですが…。ずっと苦労されてきたアデルバート様を幸せにして下さるような奥様であればと願うのは高望みすぎるでしょうか。それでもそう願わずには居られないのです。


*****


新しい奥様は予定通りに屋敷に着かれました。長旅の疲れがあるだろうから、出迎えは簡素にするようアデルバート様からご指示を頂いておりましたので、最低限の人数でのお出迎えとなります。その配慮からアデルバート様も出迎えには立たれませんでした。ニーナはそれにブツブツ言っておりましたが、先ほどやっと静かになり、今は粛々と頭を下げています。

馬車から降りた侍女の身のこなしを見て、どうやら彼女はかなり腕が立つらしいと感じます。アデルバート様の直属の陰者が来るというのは聞いていたのですが、ここまでの人材とは考えていませんでした。侍女の方でも私に気付いたのか、ほんの一瞬だけ視線を交わし、何事も無かったかの様に奥様のエスコートに戻ります。

私達使用人の中にも陰者が数人居ますが、陰者以外の者にそのことは知らせておりません。というよりも、どこでどのように生きて居ようとも陰者ということは極力悟られないように行動しなければなりません。アデルバート様が陰者が混じっている事を伝えていたからといって、年若いあの侍女に一瞬で陰者と分かられてしまったとあっては、私もまだまだなのかもしれません。

旦那様が何ゆえ陰を奥様の下に遣わせていたのか…私にご説明はありませんでしたが、奥様は以前から旦那様の特別な女性だったという事でしょうか。

「お待ちしておりました。どうぞ、お部屋にておくつろぎ下さい。」

私達の前に降り立った奥様はまだ「お嬢様」と呼んだほうが似合いそうなほど若い方でした。蜂蜜色の豊かな髪が印象的な、線が細くパッと見は儚い風情をした美しい女性です。しかし、一番の魅力は凛とした佇まいと意思の強そうな瞳ではないでしょうか。一筋縄ではいかなさそうな所が男心をくすぐる種類の女性だと思いました。旦那様の大切な女性ですので健やかにお過ごし頂けるよう心を尽くそうと心に決めました。


私はニーナに奥様の案内を任せて、護衛の騎士に向き直ります。

「皆様も、長旅お疲れ様にございました。家令のダンテスと申します。滞在中、何かございましたら私目までご用命ください。」

「ありがとう。大所帯で申し訳ないが、よろしく頼む。」

護衛隊の隊長らしき人物が、馬から下りて代表して挨拶を述べました。そうして挨拶が済むと、すぐに荷物の搬入をはじめます。護衛隊も積極的に手伝ってくれるような騎士たちばかりで、威張り散らしたりするような勘違いした輩は見当たりません。私は好感を持って彼らを迎え入れました。さて、今夜のもてなしは家令の腕の見せ所です。


*****


長く…もう40年近く侍女として働いているけれど、ただ人を部屋に案内するのがこんなにも大変だったことは無かったと思います。意識して自分を叱咤していないと、目で奥様を追ったり、余計な話をしたりしてしまいそうで。

アデルバート様の結婚が決まった時の喜びと言ったら、もう10年分の喜びを使ってしまったかと思うくらい大きなものでした。乳母としてアデルバート様の育児の一端を担ってきたからか、私にとってアデルバート様はただの主以上の存在です。だから…という訳ではないけれど、嬉しい反面、どんな方がいらっしゃるのかとても不安でした。

馬車を降りられた新しい奥様は、とても華奢で儚い風情の女性で、私はティファニー様を思い出してしまいました。蜂蜜色の金髪が光の加減で濃い色を示すと、尚更ティファニー様と重なって見えます。挨拶もそこそこにダンテスと取り決めた通りにお部屋に案内します。その確かな足取りに体は丈夫そうに見えますが、もう少し太っていただかないと今にも折れそうな印象を拭うことはできなさそうです。女性には守ってあげたくなるような美しさや可憐さも必要ですが、私としては健康的なしなやかさや朗らかな明るさの方が必要だと思うのです。料理長にお願いしてシンディーレイラ様のお食事に気を配るようにしようと心に決めます。

私は案内をしながら、新しい奥様の様子をちらりと観察します。ラファエル家の領地の屋敷は他の貴族の屋敷に比べてこじんまりとしているので、質素にも見えてしまうかもと危惧しているのです。王城の、しかも後宮につい先日までいらっしゃった姫ですので、装飾過多な住居に慣れてらっしゃるかもしれないのです。そう思って華やかな部屋を用意しようとした私に、アデルバート様は「シンプルで上品な」部屋を作れと命じられました。アデルバート様のご指示なら間違い無いとは思いつつ、一抹の不安をぬぐえないで居ました。私について屋敷を歩かれているシンディーレイラ様に特に不満気な様子はありません。丁寧に掃除をした廊下を眩しげに眺めてらっしゃいます。アデルバート様の言う通り、あまり装飾品にご興味を持っておられないようでほっとしました。


「こちらが奥様のお部屋です。」

新しくした部屋のドアを開けて奥様に入室を促す時、年甲斐も無く緊張してしまいました。気に入っていただけなかったらどうしようかとそんな事ばかり考えてしまいます。部屋に入ると、奥様はにこやかに部屋を眺めながら、私の説明に黙って耳を傾けてらっしゃいます。奥様の様子から大丈夫だろうとは感じつつも、なぜかお気に召していただけましたかと聞けませんでした。

「大変遅くなりましたが、侍女長を拝命しておりますニーナと申します。よろしくお願いいたします。」

「シンディーレイラ・セレスティアと申します。侍女のカナン共々本日よりお世話になります。」

締めくくりにそう挨拶をすると、シンディーレイラ様はもったいないくらい丁寧な挨拶を返して下さいました。晩餐の時間まで休憩できる事を伝えると、シンディーレイラ様の顔にほっとしたものが浮かびます。

「申し訳ないのだけれど、お茶をいただけるかしら?」

丁寧な物言いに遠慮を感じて、なぜか少し寂しくなりました。私がお茶を入れはじめると、奥様の連れてきた侍女…カナンは運び込まれた荷物の整理を始めました。奥様の荷物はびっくりするほど少なく、あっという間に終わりそうです。

「素敵なお屋敷ね。お部屋も明るくて過ごしやすそうだわ。」

奥様は着席しながらそうお声をかけて下さいました。私は椅子を引いたまま嬉しさに踊り出しそうな自分を必死で抑えました。

「そう言って頂けると何よりでございます。」

平静を装ってお茶を注ぎますが、喜びは所作を大雑把にします。優雅さの無い手つきでは美味しいお茶は入りません。これではいけないと小さく小さく深呼吸しました。

「ラファエル領は緑が濃いのね。お庭も生き生きとしているし。」

「えぇ、冬が長く夏は短い土地ですが、その分植物も人も夏を楽しみにしているのです。」

「そう。私も楽しみだわ。皆と早く馴染めると良いのだけれど。」

「ありがとうございます。皆喜びます。」

私は思わず微笑みながら奥様の前に華奢なティーカップを置きます。何とか及第点のお茶を入れる事ができました。

「ありがとう。」

奥様はそう言ってお茶を一口飲むと、とっても美味しいと言って微笑まれました。私は軽いお菓子とお代わりの用意をすると部屋を辞する事にします。気さくに話して下さるからと言って長居してしまっては奥様の気が休まりません。

奥様のお世話をしようと張り切っている侍女達にお声がかからないかぎり、時間までは部屋に近づかないように釘を刺します。すぐにご入浴とお召し替え、晩餐と初めてのお世話をさせて頂けます。不備の無いように準備を念入りにしましょう。憂いなくおくつろぎいただければ、自然と屋敷や使用人達を…ひいてはラファエル領やアデルバート様の事も気に入って頂けると思いますので。



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