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07.橙色の自由

「下賜…ですか。」

ターラント伯爵の戸惑いの声が会議室に響いた。北の国が白旗を振ってから半年以上が過ぎてようやく褒賞についての説明の場がもたれた。戦後処理や条約の締結、凱旋パレードに祝勝会、ウィルフレッド殿下の即位に王子の誕生と戦争が終わってからも王城はバタバタと落ち着かないらしいから、これでも早かったのかもしれない。


私は鳴り響く心臓の音を外に漏らすまいと息を詰めている。何て事だろう。カナンを送って約5年、届くことの無いはずのこの手が彼女に届いてしまうのだろうか。それはとても危険な事のような気がする。

「はい。人選に関しては、陛下は皆様のご希望があれば、可能な限り応える用意があると仰せです。」

ウィルフレッド陛下の側近が、微笑を貼り付けたまま話を進める。彼の話を要約すると、今回の戦争では功績を挙げたものが多い割りに、新たに手に入った土地も無く、賠償金も大した額では無かった。王の直轄地を分け与えるにしても、領地が飛地になってしまったりと具合が悪い。そこで嫁が居ない者や妻を早くに亡くした者には後宮の姫を下賜しようという話が出たのだという。表向きの理由はともかく、大所帯になりすぎた金食い虫の後宮をこの機会に体よく縮小しようという魂胆があるようだ。

「しかし、希望と仰られても…。」

そう戸惑いの声を上げたのはアディソン伯爵だ。今回の戦果を挙げた貴族の中で一番の年長者である彼は、戸惑いながらも尚、穏やかな口調を崩さない。早くに妻を亡くしている彼は、後妻を娶る事はしていなかったが、それ故下賜を受けとる内の一人だ。彼からしたら陛下の後宮に侍る姫達等、娘か孫のようにしか見えないのではないだろうか。社交界での接点も少なかっただろうし、顔も性格も知らないのに希望しようが無い。それは、若い者にも言える事だが。

「はい。来週の城での夜会に後宮の姫も参加される事になりましたので、皆様と姫君達との接する機会を設ける予定でいます。」

側近の迫力のある笑顔は揺るがない。つまり、その時に決めろということらしい。

「希望が重なった場合は?」

「戦果の大きい方が優先になります。」

「誰でもいいという訳ではないでしょう?」

「…基本的には皆様の希望が最優先されますが、後々面倒事にならない人選をお勧めします。」

次第に、事態を飲み込んだ者達が気になる事を口にしはじめた。

「下賜を辞退することは可能なのか?」

この質問をしたのはウィンズレッド侯爵だ。なかなかきわどい質問をする。内示段階とは言え、王の意思を覆すような発言は不敬と取られかねない。

「そうですね、国王陛下のご意思に反するのですからそれ相応の理由があれば検討はできますが…。」

側近はニコニコとした微笑みをたたえているが、その瞳に鋭い光をたたえている。若いのに芸達者な側近だ。辞退は出来ないと言うことらしい。それを聞いて幾人かは眉間にシワを寄せ考え込んでしまった。私は外堀を埋められていくような窮屈さが今はとても心地いい。妻帯者は口を閉ざしたまま成り行きを見守っているが、多くの者の目は「面白い事になった」と雄弁に物語っている。私はその両者の様子を見ながら、まだ鳴り響く胸の音に言葉を紡げないでいた。

「我が家にも下賜姫を頂く訳にはいかないだろうか?」

一瞬できた沈黙を破って、ホワイトリー伯爵が突然立ち上がってそう叫ぶように言った。

突然の申し出に側近は困惑顔だ。褒賞の量、質、形…様々な希望を拾いあげる目的の会議なので彼の行動は間違ってはいないのだが。

「戦果としては申し分ないのですが、伯爵様は妻帯者でいらっしゃいますので…」

「いえ、私では無く息子に。我が伯爵家の代表として今回の戦争に参加したのは息子なのです。それに、結婚が決まれば、すぐに爵位を譲る用意もあるので。」

「あぁ、なるほど…少々お待ちいただけますか。」

側近は侍従を呼ぶと伝言を託した。程なくして侍従が帰ってくると側近はホワイトリー伯爵に笑顔で頷いた。伯爵の嬉しそうな顔にはじめて場が和む。彼の家へ嫁ぐ姫が誰になるかは分からないが、あれほど望まれるのなら悪くはないだろうと思う。もらうのは彼では無く、彼の息子だが…。


「ラファエル伯爵様、質問などはございませんか?」

一通りの質疑応答が終わると、側近は私向かってそう問う。会議室に居る全ての人の顔が一斉にこちらを向いた。私は舌打ちしたい気持ちを隠して、側近に向かってゆっくりと口角を上げて微笑んだ。今回の戦争の一番の戦功は私があげたという事になっている。あの奇襲ともいえる開戦を砦で防いだ事が大きく評価されたのだ。だからこそ、私が下賜をどう捉えたのかで人々の心象が決まる部分がある。私が否定的な事を言えば下賜姫達は軽んじられかねない。

「はい。…結構な誉れと存じます。」

私の言葉に、側近はそうですかと軽い返事をしたが、ほっとしたというのがありありと伺えた。


下賜の話が出てからと言うもの、シンディーレイラを希望するかどうか私は考えあぐねていた。カナンによると、後宮の中にいてもシンディーレイラはのびのびと穏やかに生活をしているらしい。そんな彼女を選んで良いのかという迷いが決断を鈍らせる。彼女が築いた安息の地から無理やり離すのは忍びなかった。かといって、他の女を宛がわれたとして果たして上手くやっていけるかというと自信がない。さらに、他の男が彼女を選ぶ可能性も無くは無いのだ…考えたくも無い事程想像が膨らむのはどういう訳なのだろう。

悶々としている内に夜会の日になってしまった。相変わらずきらびやかな夜会の会場は月の光など締め出すほどの明るさで、後宮の姫が多数出ている事もあって圧巻の華やかさだ。色とりどりのドレスがきらめいて揺れていた。心が沸き立つのはその華やかさからか、シンディーレイラに会えるからか。


結論から言うと、人並みに何人かの姫と話すつもりで会場入りした私だが、結局、後宮の姫達とは交流を持たなかった。会場に入った途端私の目はシンディーレイラを探し始め、程なく的確に彼女を見つけてしまった。新鮮なオレンジのような明るい色のドレスを身にまとったシンディーレイラを遠目に見たその瞬間、彼女以外はありえないという思いが、戸惑いも迷いも全てを吹き飛ばすのを感じた。他の女性に目移りする余地の無い事はなんとなく分かってはいたものの、予想以上に彼女へのこだわりが強くて自分で自分に呆れるほどだ。彼女の望みがどこにあるにしろ、私は彼女を望んでいるし、彼女以外を妻にできそうもないと悟った。かろうじて残っている理性的な部分は頭の端っこで彼女と話して一応人となりを知らなければ…とか、もしかしたら他にすばらしい女性がいる可能性もゼロではない…とか言っているが無駄だった。もう他の女性など私の視界の中では背景として処理されている。こんなにも彼女への気持ちを育ててしまっていたとは、不覚だ。

やっと自分の気持ちと決断に納得がいったのに、シンディーレイラに話しかける事はしなかった。彼女は他の姫たちと共に、数人の貴族と楽しそうに話をしている。私はその様子を眺めていたが、彼女に声をかけようという気持ちは沸かなかった。私は彼女の気持ちなんか無視して彼女を手に入れると決めてしまったのだから、その和やかな輪に加わる権利は無いように思われたのだ。私の元に来るまでのつかの間、彼女の自由を保障したかった。手に入れたら、とても好きにはさせてやれそうに無い。そのお詫びの印に。


読んでいただいてありがとうございます。

今まで恋愛要素がなかなか見当たらない状態でしたが、そろそろアデルにエンジンかけてもらおうと思っています。

これからもよろしくお付き合いお願い致します。

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