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05.青灰色の視線

歴史的に北の隣国とは戦争を繰り返してきた。北の大地での生活は厳しく、肥沃な土地を求めて攻めてくるのを追い返すという繰り返しだ。度重なる戦争のために国が疲弊し、国が疲弊するから民の生活は苦しくなり、生活苦による民の不満を逸らすためにまた戦争をする…その悪循環を隣国では誰も断ち切れないでいるらしい。ここ最近は、比較的豊かな我が王国との国力の差は広がる一方だ。こちらがその気になれば、北の国を攻め滅ぼす事も可能だろう。しかし、北の大地に旨味はない。また文化の違いも大きく山を越えての統治が難しいこともあって、北に領土を広げようという流れにはならない。その結果、北の国境は常に緊張を強いられてきた。ここ10年程は大人しかった北の国だったが、怪しい動きがあるとなれば最悪を想像して準備をしなければならない。戦争なんて嘘だろうと笑いたくなるくらい、領地では今日も人々の生活が穏やかに営まれている。

ラファエル家は昔からこの北の国境の守護を任せられてきた。というと聞こえはいいが、昔々の戦争で武勲をたてた祖先が褒賞という名目で国一番の危険な土地を押し付けられたに過ぎない。武人の家系らしく、男子は武術を叩き込まれて育つ。言葉を覚え、算術を学び、一通りの歴史を理解するとすぐに用兵術も学ぶ。私はというと体に染み付いた武術はともかく、用兵術など忘却の彼方へ投げ捨ててしまっていた。使う立場になるなんて思ってもいなかったのだから仕方ない。ダンテスの指導を受けながら用兵術は真っ先に復習しなければならなかった。今まで実際に兵に命令を下す場面なんてなかったけれど、ラファエル家の私兵の頂点は私なのだ。私の決断が多くの兵士の命を左右するのだと思うと勤勉に成らざるをえない。

私の陰者達は思っていたよりもずっと優秀で、国境の向こうの動きは手に取るように把握できた。逆にこちらの情報も同じ様に向こうに把握されているのだろうかと慄いたが、ダンテスははっきりとそれを否定した。なぜそう言い切れるのかという質問にダンテスは彼らの張る予防線は強固だとだけ答えた。綻びがあればすぐ分かる様に出来ていると。私はその言葉を信じる事にした。疑ったところで私一人でできる事は無いに等しい。


隣国の動向に注意を向けるようになってから数ヶ月後、王城でも剣呑な気配を掴んだらしく内密に注意喚起の使者が来た。あたかも初めて気が付いたかのようなそぶりでその使者の話に神妙に頷くが、目新しい情報は無かった。結果的にこちらで掴んでいる情報が概ね正しいのだろうと確認出来たからいいのだが。王城でもこれを機に他国との同盟関係の強化を図っているらしい。特に西の国との友好関係の確認に抜かりがない。西の国も北の国と国境を接している。北の国を抑える為に西の国の協力は不可欠だ。急遽、同盟締結記念式典を催すことになった。式典は西の国の使者を招いて3日間かけて行われた。私も国境を守護する者として全てのイベントに参加した。といっても、王の賓客と辺境伯爵に接点が設けられるはずもなく、その他の貴族と共に賑やかしをしていただけなのだけれど。この時期に領地を離れてまで式典に出席する必要性は全く感じなかったが、ダンテスに領主の務めだと諭されてしまっては参加しないわけにもいかない。

最後の夜の舞踏会でも私は数人の知り合いと共にくだらないお喋りに興じていた。何か実りがある訳でもない、無為な時間が3日も続いて私は退屈を隠すだけで精一杯といった有様だった。全ての貴族の入場が終わると次は王族と西の国の使者の入場となる。皆が居住まいを正すと、まず入場したのは後宮の姫達だった。後宮の姫達が参加するとは知らなかった。周りの様子から知らなかった者の方が多いのだろうと窺える。軍のイメージカラーである赤系の色味のドレスで統一しているらしく、華やかな会場が一段と明るく派手な印象になる。赤や紅、朱に茜、躑躅に臙脂に葡萄に蘇芳…色とりどりの赤に目眩がしそうだと隣の友人が苦笑した。それに適当に相槌をうちながら、しかし、私の視線は当然いる一人の女性に縫い止められて、他の色など目に映っていなかった。3年以上ぶりにシンディーレイラを瞳に移す。彼女は緋色のドレスを着て微笑みを張りつけ優雅に歩いていた。

主役達の入場が終わって王の合図で宴が始まっても、私の目はシンディーレイラを追い続けた。彼女は隅の方で数人の側妃たちと共に飲み物を手に談笑している。たった3年、それだけの時間で女性というのはこうも変わるものなのだろうか。後宮に入る以前には感じられなかった、たおやかさや艶やかさを感じる。雰囲気や表情だけでなく、体つきまで変わっているのが遠目にも分かった。相変わらず豊かな蜂蜜色の髪が幾筋か彼女が笑うたびに細い肩を撫でている。ふと、彼女がどこかを見つめて真顔になった。ブルーグレーの瞳が一瞬輝きを無くした気がして、視線を追うと壇上にたどり着いた。そこには西国の使者の一人のとウィルフレッド王太子殿下と王太子妃殿下がいて、並んで何やら話ながらニコニコと微笑み合っている。その風景を確認してからシンディーレイラに視線を戻すと、彼女はもうすでに会話の輪のなかに戻って笑っていた。彼女が見たものは何だったのか…気になって仕方がない。シクシクと心臓が疼く気がして私は手に持った酒を一気に煽った。近くにいた給仕にグラスを取り替えてもらう。もうこれ以上彼女を見つめるのは止めにしようと決意するが、気付けばやはり目の端に彼女を置いていた。その夜、飲み過ぎてしまったのは仕方のない事だと思う。屋敷に帰った私をニーナがびっくりするほど早口で叱りつけた。彼女のありがたい説教はいつだって的を得ている。隣でダンテスが珍しく頭を抱えていた事しか記憶にないけれど。


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