04.烏色の執事
アデルバード視点です。
残念ながら、彼の生活には潤いや糖分が足りません。
伯爵家を継いでから3年程経った。相変わらずカナンは後宮に居て、私とシンディーレイラを繋いでくれている。歪な繋がりに安らぎを求めている状態にもあまり変わりは無い。それでも、いやそのおかげで…私は伯爵領を上手く治める事ができていると思う。
子爵としてやっていた事業は伯爵を継いだ時に人に譲った。時々来る手紙によると上手くやっているみたいで喜ばしい。1年目は伯爵領についてこれまでの統治の流れを追うだけで精一杯だったが、2年目以降は私なりに工夫をしはじめた。まず、鉱山に頼りがちな収入源を別の物で補え無いか…というのが一番の課題だった。鉱物は同じ物が他で発見されればガクンと値が下がるし、自然の物だから埋蔵量には限りがある。頼りすぎるのは危険だと思われた。何より、兄のような犠牲者を出すのが嫌だった。そう思える程度には立ち直ることが出来たらしい。
何か新しい事業をと考えていた私の目についたのが硝子作りだった。領地の山間の村で細々と行われていた硝子作りを視察すれば、その変幻自在な様に見惚れた。そこで出会ったナタリーという職人と語り合う内に装飾品としての可能性に気付かされた。彼女を中心に領地の新しい土産物として開発を進める事にした。装飾品には疎い昔ながらの職人達にはガラスの強化や軽量化を研究してもらう。ガラスと一言で言ってもその未来には幾筋もの道がある。冬の長いラファエル領にとって、冬の間にできる生産活動は貴重だ。ガラス作りの他にも、木彫りや機織りなど工芸に力を入れるといいかもしれない。子爵時代に培った伝手を使えば、王都をはじめとする大きな町への流通には苦労しない。
生活必需品にもかかわらず、ガラスが産業としてあまり注目されてこなかったのはその運びにくさにある。重くて壊れやすい製品は運搬費も馬鹿にならないから、結局大きな都市に持ち込んでも価格競争に負けてしまう。必要なものを必要な所で必要なだけ作る…そんな風に細々と続いてきた分野だからこそ、上手くいけば息の長い産業になりうるのだと思う。そこで合わせて馬車の改良も行うことにした。ガラスが割れない馬車ができれば、人が乗っても乗り心地がいいだろう。
他にも、領地の南側の道や町を整備して観光地として発展させようと試みた。避暑地としては既に有名なのだが、夏の気候の良さの割りに旅行者の数は伸び悩んでいる。見渡すかぎりの花畑を作ったり、川下りや水浴びができるように川を整えたり、気軽に森を散策出来るように遊歩道を敷いたりといった風に娯楽設備を充実させた。主要な街道を整えることも忘れない。新しい試みに戸惑いや不安を抱く者も居たが、多くの民が協力してくれて事業はどれもまずまず良い方向に向かっている。
「旦那様、少々お時間よろしいでしょうか。」
ダンテスがそう言って執務机の前に立ったのは、1日の仕事が終わったまさにその時だった。彼のタイミングの良さにはいつもながら驚かされる。私は書類の束をまとめて所定の位置にしまってからダンテスに向き直った。
「どうした?やけに改まって。」
「伯爵家の陰者についてお話がございます。」
「陰者…?」
ダンテスの説明によると我が伯爵家は昔から陰者と呼ばれる裏の仕事人を多く従えている家系らしい。国境を守る家柄のせいか、諜報や潜入が出来る技術者をかなりの数必要とするのだ。その陰者達を紹介したいのだという。
「なぜ、今になって?」
伯爵家として不可欠な人員なら継いですぐに把握するべきだ。
「我らは組織にではなく個人に従います。つまり、ラファエル家だというだけでは従う事はできません。失礼ながらアデルバート様を主とするかどうか見極める期間を頂いておりました。」
なるほど、私に主の器があるか試されていたらしい。
「じゃあ、私を主と認めてくれたということかな。」
私の問いにダンテスはまばたきだけで頷いた。その後紹介された陰者の数は思っていたより多かった。他国や王城、主要貴族の屋敷に潜入している者、使用人として屋敷で働いている者、領民としてあちこちで市井にまぎれている者、もちろん、国境の砦で騎士に紛れているものも数名いる。顔も見えない新しい配下について配置場所を記憶するだけでも一苦労だ。ダンテスは陰者達の頭的存在らしい。この3年間私に変わって陰をまとめ動かしていたという。そう言われれば、執事にしておくのは惜しい身のこなしをしている。昔から伯爵家の私兵の一個隊を任されていたために、彼に武術のたしなみがあっても違和感がまるで無かった。執事が一固隊を任されること自体が一般的にはありえないのに、そこに疑問を抱けなかったのだ。私の元々使っていた陰達はダンテスの下には入らず、命令系統を別にするということで話しがまとまり、請われるがままダンテスと主従の誓いをたてた。父から兄、兄から私へとラファエル領の全てが引き継がれた瞬間だった。
「時に、主様。」
ダンテスが私を主と呼ぶ。そのことから陰者の長としての発言だと理解する。緊迫感で背筋が伸びる。
「国境がきな臭いとの報告があがってきております。」
優秀な陰者達だと喜ぶ余裕はまだ無い。




