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閑話:嘘つきの正直

引き続きカナン視点です。早くアデルとシンディーを絡ませたい…(笑)

最後の御渡から数ヶ月、後宮の住人になってから1年にも満たない頃にお嬢様は部屋を移られました。第1室を退くのはともかく、伯爵令嬢のお嬢様が一気に第10室に下がる必要はないのではと思わなくもありませんでしたが、お嬢様の清々しいような表情に何も言えませんでした。第1室に比べると質素でこじんまりとした第10室に移られて、部屋付きの侍女も私一人になって、お嬢様はそれまで以上に生き生きと楽しそうに生活されるようになりましたので結果としては良かったのかもしれません。しかし、良い事ばかりではもちろんありません。「御方様」という呼び名は良くも悪くも後宮では大きな力となります。それを無くしてさらに末端にまで下がられた為かあからさまな嫌がらせが頻発するようになりました。

プレゼントとして大量の虫や動物の死骸が送られてくるぐらいは可愛いものでお嬢様に気付かれずに処理すれば実害は全くありません。すれ違いざまに嫌味や悪口を言われるのはなかなか防ぐ事が難しいのですが、お嬢様があまり気にされないので救われました。散歩などでは悪口などを言う姫君とは極力会わない様に誘導することで対応します。悪質なものですと、部屋に置いてある茶葉への毒の混入が一度ありましたが、それも幸い私の知識にある毒でしたので、お嬢様にお出しする前に破棄することが出来ました。部屋の外でお茶を飲まれる時もさりげなくですが確認をさせていただきます。あからさまに毒味が出来ない場合でも、見た目、香り、入れる人間の挙動…ヒントはそこかしこにあります。もちろん、後宮内でのそれぞれの姫様達の背景やお立場、性格等事前の情報収集は徹底的に行なってあります。人を守るという事は、誰かを攻撃する事よりも数倍難しいのだと今更ながらに実感致します。

初めはアデルバード様からお嬢様に嫌がらせを感づかれない様にという指令を頂いてましたので、注意喚起をする事もできませんでした。全く無防備な人間を守るのは並大抵の事ではありません。しかも守っている事自体を悟らせてはいけないのですから尚更。しかし、ある日あっけなくお嬢様にばれてしまいました。その時私はお嬢様から頼まれて手紙を出しに行っていて、帰ってくるとお嬢様が小さな箱をテーブルの上に置いて眺めていました。嫌な予感がして恐る恐る訪ねると、ノックが聞こえてドアを開けたら置いてあったと言われました。

「中身はミミズなのよ。それもビックリするくらいたくさん。これって嫌がらせよね?」

「…はい。」

なんてことの無い顔でそう言われて私はしぶしぶ頷きました。現物を見られた以上ごまかす事は不可能です。その後お茶を飲みながらお嬢様は過去にあった嫌がれせについて聞きたいとおっしゃいました。その様子はとても落ち着いていて、私の想像していた反応とはかけ離れていました。悲観も恐怖もそこには欠片もありません。ただ淡々と他人事の様に聞いておられました。

それ以降はお嬢様の希望もあって、どんな嫌がらせがあったかお知らせする事になってしまいました。


もちろん、アデルバート様にはその一部始終を報告しました。ばれたのならいっその事、自衛を促すために毒の知識や最低限の護身術を学ばせるようにと指令が返ってきました。私は、ただの侍女がこうも毒の知識を持っていていいのだろうか?と疑問に思いながらも、自分の持てる知識の中でも特に重要そうなものをお嬢様に教授します。お嬢様は植物等に詳しいので毒について基礎知識があり、一般化な物についてはすんなりと覚えてしまわれました。だんだんとお嬢様自身も自衛に気をつけてくださるようになって、護衛は少し楽になりました。少なくとも、ノックの音にご自分で扉を開かれるなんてことはなくなりました。


私はもちろん陰者であることをお嬢様に進んで見せるような事はありませんでしたが、毒に詳しい事や、ふとした時の身のこなしなどをご覧になって、普通の侍女とは違う…くらいのご感想はもってらしたかもしれません。しかし、私が陰であるとお嬢様に示してしまう出来事がありました。

その日お嬢様は庭の散策をされていました。庭はアケビやスノードロップといった可愛らしい冬の花が密やかに咲いていましたが、その他の季節に比べると静かで眠っているような…寂しい風情でした。ですから、お嬢様が華やかな花々を求めて温室に行ってみようと思われたのは自然な成り行きだったと思います。

「カナン、今日は少し足を伸ばして温室の方に行ってみましょうか。」

「承知しました。」

散歩の途中で思い立って進路を変更されたお嬢様にすぐに頷きましたが、実はあまり歓迎はできません。気付かれないように注意しながらも、ぐっと気を引き締めました。温室の有る方向は最近、正妃様と黄方様きのかたさまのお気に入りのお散歩コースという情報があるのです。その為取り巻きの姫やなんかの往来も多く、誰と出会うかわかりません。すれ違い様に愉快ではない展開にならない保証は無いのです。誰に何を言われてもあまり気にした様子の無いお嬢様ですが、悪意を向けられる機会など少なくしたいに決まってます。

少し緊張しすぎて殺気が漏れているのか、私達の進行方向では小鳥が慌てて逃げ出しています。まだ、大して近づいてもいないのに慌ただしい小鳥の様子をお嬢様は小首を傾げて眺めておられました。私はその様子を見て必要以上に警戒している自分に気づき、意識して緊張を緩めようと小さく息を吐きました。

その時です。進行方向から足早に近づいてくる人影がありました。後宮内にいるのですから、側妃か女官だと思われますが、その足取りは性急でほとんど走っています。貴族女性がスカートをはためかせて走るなどはしたないとされていますので、おかしいと感じて先ほど緩めた緊張の糸をすぐさまもう一度張り直しました。

「どうされたのかしら?」

「分かりかねます…」

余りの勢いにビックリしながらも、お嬢様は道を譲ろうと端に寄って半身になられます。私はお嬢様に倣うように控えながらもいつでも飛び出せる様に体を傾けます。女は言葉もなくすれ違うかと思われましたが、お嬢様まであと数歩という所で急に進路を少し変え、お嬢様に突進してきました。手にキラリと光る物を見て、私の体は自然に動きました。お嬢様に向かって突き出されたナイフを相手の手首を握って止めると、その手をひねりながらナイフとシンディーレイラ様の間に身を滑り込ませます。シンディーレイラ様から見えない位置で手刀を使ってナイフを落とすと、そのまま女の手をひねり背中で拘束します。本来ならば腕一本で拘束できるのですが、体全体を使って相手にのしかかるように押さえつけました。一連の流れの間、取り乱したように悲鳴をあげ続けましたが、果たしてお嬢様の目にどのように映ったのかはわかりません。悲鳴を聞きつけ慌ててやってきた護衛に女を抑える役目を変わってもらった後は震える演技も追加します。護衛が2人がかりで女を連れて行き、残った一人がお嬢様や私に怪我が無いのを確認してから、事情を聞いてきます。

「何が起きたのですか?」

「分かりません。すれ違い様に突然ナイフで襲い掛かかられてしまって。侍女が助けてくれたのです。」

「先ほどの方が慌てた様子で走っておられましたので、いぶかしく思いながらも見ていたら、ナイフが目について…それからはもう、無我夢中で…姫様を守らねばとそればかりを考えておりましたので…。」

私はまだまだ震える手を叱咤する演技をしながら、お嬢様の様子を注意深く観察します。お嬢様は護衛の目をしっかり見つめて返事をしていますし、取り乱したところは見当たりません。結局、話しを続けても襲われた理由など私達は想像も出来ないのだろうと納得すると、護衛は念のため部屋まで送ってくれました。

私はお嬢様に何を言われるかとヒヤヒヤしていましたが、お嬢様は助けてくれてありがとうと丁寧にお礼を述べられた以外は特に私の正体については触れられませんでした。時々物言いた気な表情をされますので、きっと気付いて何も言われないのだと思います。私はそれを良いことに何の説明もせずにやり過ごすことにしました。話した所で全てを包み隠さず…という訳にはいきませんから。嘘をつくくらいなら口を閉ざしたいと思う程度には、私はお嬢様を気に入っているのです。

読んでいただきありがとうございます。

今後ともお付き合いよろしくお願いします。

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