01.蜂蜜色の姫君
アデル視点のお話しを投稿します。
また長くなりそうですが、お付き合いいただけると嬉しいです。
貴族の家の次男に生まれたのだから、自分で身を立てるのは当たり前だ。騎士という選択肢も有ったけれど争いごとには極力関わりたくなくて商売をする事に決めたのは成人する少し前。しがらみの多い爵位など小指の先ほども興味は無く、市井に混じる事に違和感も持たなかった。子爵を賜ったのもたまたまだ。手懸けた事業が思いの外発展し、国益を生んだのだ。貰えるものは貰っておこうと爵位を受け取ったけど、実は少し後悔している。新興貴族と言えども貴族は貴族。夜会だサロンだと付き合いが面倒だ。
ウィルフレッド殿下の誕生日の祝賀会など、一つも興味がわかない。それでも出席しない訳にはいかない。兄夫婦も来ているだろう。あの万年新婚夫婦の幸せそうな顔を拝んだら早々に帰ろうと決める。
それでも、仕事上の付き合いがあるから素っ気ない態度ではいられない。厳選した数件の挨拶まわりを終えるまでにあちこちから声をかけられて長引いてしまった。仕方ないと思っておこう。貴族という肩書きのおかげで得している部分もあるのだから。兄夫婦にも無事に会えた。子どもを身ごもったティファニーを大事に大事に労る兄が思っていた以上に幸せそうで眩しい。彼の様に幸せな結婚をしたいと思う。いつの間にか、結婚適齢期も後半に差し掛かっている。市井に混じる事が多いので忘れるが、貴族は男性も結婚が早い。所帯を持って一人前というような風潮があるせいだろうか。爵位を賜るまでのんびりとしていた分、今になって外野の声がうるさく煩わしい。時々言い寄ってくる女性もいるが…ピンとこない。百戦錬磨といわんばかりの妖艶な美女には正直引くし、やたらと気取った貴族令嬢など面倒だし、市井にでも気立ての良い娘がいないかと考えるが残念ながら思い浮かばない。周りの女性は既婚者か…そうでなくても男友達のように気安く付き合っているせいか、どうにも恋愛とか結婚には結び付かない。結婚して貴族になることも面倒だと思われている節が有る。巷には貴族の家へ嫁いで玉の輿を狙っている女性も多いと聞くが、私の周りにはどういう訳かそういう女が見当たらないのだ。
兄夫婦とつかの間の会話を楽しんだ別れ際、王都の屋敷に寄るように言われたが、万年新婚夫婦と共に居るのは独り身には気が重いので断った。さっさと宿に帰って一人でゆっくりした方が、寂しさもまぎれる。また、昼間に遊びに行くと約束して別れる。これで今日の予定は全てこなした。殿下のお姿は見ていないが、こんな末端貴族の祝福など必要ないと思うから問題ない。こういう場は出席したという事実が重要なのだ。面倒な輩に捕まる前に退散するに限る。
出入り口に向かって足早に歩く。声をかけてほしそうにこちらを見つめる令嬢達もいるが気づかぬ振りでやり過ごす。物欲しそうな顔をされても食指が動かない。正直、萎える。ふと、爽やかな匂いが鼻を掠める。ミントのような、少し苦味の有る青葉の香り。甘ったるい香りを纏う女性が多い中、自然と気になり振り返る。そうして、オレンジ色の金髪が目に入った。シャンデリアの光を集める蜂蜜色の髪は複雑に結上げられている。真っ白なうなじを遠慮がちに隠す後れ毛がとろりと垂れて美味しそうだ。出口に向いていた足を止めて、その後姿に見とれた。薄い緑のような青の様な不思議な色合いのドレスは凛とした立ち姿に見事に似合う。流行とは少し違うドレスの形にも好感をもった。元来、流行を追いかけすぎるのは好きでないのだ。自分らしさを見失っている人とは付き合いづらい。男でも、女でも。あの髪が解かれて揺れる様を見たいと思うのと声をかけようと動くのとは同時だった。幸い連れは見当たらない。
ふと、振り向いた横顔を見て驚いた。少女という表現がぴったりだ。後姿から、きっと20歳前後だろうと想像していただけに、そのあどけない顔に舌打ちしたくなる。私が気になった女性は小花を模した華奢なアクセサリーをつけた、成人したばかりの女の子だった。顔は整っているけれど、かわいらしいばかりだ。色気とか艶やかさと言った魅力はほとんど皆無だ。成人していれば結婚できるといっても、私に少女趣味は無い。華奢な成長途中の体を組み敷くような想像は少しも膨らまない。
こういう少女は殿下の専門だ…と思って気がついた。きっとこの子は殿下に差し出される為にここに居るのだろうと。そう思うと不憫だった。親の勝手であの惚れっぽくて飽きっぽい殿下の元に向かわされるのだ。どこかほど近くに親が居るのだろうと思って辺りを見回してもそれらしい人物が居ない。何人か、嘗め回すように彼女を見つめている男が居るだけだ。私もあんな顔をして彼女を見ていたのだろうかと思うと、とたんに恥ずかしくなる。良い歳こいて…というやつである。心の中で小さなため息を付いて彼女をもう一度見つめる。キョロキョロと当たりを見回して、ふと視線を止めると、次の瞬間花が咲くように笑った。その一瞬の変化に目を奪われる。期待と不安を宿して、戸惑いに揺れていたブルーグレーの瞳がすっと落ち着きを取り戻すと理知的に輝いた。男共が放っておけない女になりそうだ。そう思った瞬間、もう声をかけていた。
「お嬢さん、お1人ですか?」
私の声に振り向いた彼女は一瞬驚いたように目を見開き、次の瞬間笑みを浮かべた。戸惑っていることを隠す事も出来ない様子が微笑ましい。
「不躾に申し訳ありません。何かお困りの様に見えたもので。私はレインフォード。子爵を賜っております。」
馬鹿丁寧にそう言うと、彼女は少し安心したように、父を探していると言う。その素直な様子に叱りたい気持ちになる。男に簡単に気を許してはいけないと、私が良からぬ輩だったらどうするのだと。彼女を一人にしておいたら、あっという間に狼達に食べられてしまいそうで、エスコートを申し出た。彼女は一瞬だけ考えて首を縦に振る。一番に声をかけて良かったと胸を撫で下ろした。




