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「めでたし、めでたし。」じゃ終れないっ!  作者: 律子
第5章:物語はどこまで続く
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64.「めでたし、めでたし。」じゃ終れない。

「ティア…。」

月を見ながらお茶を飲んでいると、アデルが寝室のドアを開けて、情けない声を出す。

私はその声を無視して、もう一口お茶を飲むとまん丸の月を見つめた。

月明かりは雪に散らばって、明るさを増している。

なぜか物音を立てないようにアデルが忍び足で寝室に入ってくる。

彼は私の腰掛けるカウチの側まで来ると、跪いて手を取った。

「ティア、すまない。機嫌を直して?」

「……。」

私はチラリと彼を見た。

握られた手がほんのりと温かく、それがとても気持ち良い。

「私はティファニー様の様にお淑やかでは無いわ。」

「そうだね、彼女は木登りはしないし、馬に乗るのも上手くは無かった。」

「私はティファニー様の様に守られてばかりでは嫌なの。」

「そうだね。彼女は家出なんて出来ないし…沢山の侍女に傅かれるのに慣れていた。」

「私はティファニー様の様に弱々しいばかりの女では無いのよ。」

「そうだね。君は森の中で見事に生き抜いたし、今回も侯爵夫人として采配を振るってくれたらしいね。」

「ねぇ、……わたしではダメなの?」

私は彼の手をそっと握り返した。

今まで聞いた事のないほど、情けない自分の声に辟易する。

アデルはなんとも言えない顔をして、私をそっと抱きしめてくれる。

「いや、君でなければダメなんだ。すまない。」

私は彼の言葉にほっとして、頭を肩に預けた。

意地を張ってこわばっていた体から力が抜けていく。

「あなたのティアになりたいのよ。」

「私のティアは君だけだよ。私が愛しているのは君だけだ。」

「でも、ティファニー様を重ねて見ていたわ。」

「それは…っ、面目ない。言い訳をしても?」

「えぇ。」

私は彼の言い訳に耳を傾けた。

確かに初恋はティファニー様だった事。

でも、セシルバート様と結婚する頃にはその思いも無くなって居た事。

私の妊娠が分かった時、ティファニー様の事を思い出して女性は弱いものだと思い、焦った事。

何気ない瞬間に私や子どもに何かあったらと想像してしまって、恐怖していた事。

お義母様に言われるまで、私とティファニー様が似ているなんて思っても無かった事。

置き去りにしてきた彼の思いをようやく聞く事が出来た。

アデルの言葉を聴くと、波立っていた心の中が凪いでいき、ストンと胸に落ちるものがある。

信じてくれる?とたずねられて、私は、はいと返事をした。

アデルはありがとうと消え入りそうな声を出して、私を抱きしめる腕に力を込めた。

「一人で怖い思いをしていたのね。」

「勝手に…な。」

「いいえ。ごめんなさい。あなたの気持ちも考えないで勝手をしたのは私だわ。」

「いや、そんなことは…。」

「もっと早く話し合えばよかったのよね。」

「…あぁ、そうだな。」

お互い勝手に勝手を重ねて、深みにはまってしまっていた。

これからは話し合いを大事にしよう。

お互い思い込みの激しいところがあるみたいだから。

それでも、きっと耳を傾ければ、理解できることも増えていく。

「あなたが知っているよりも、強い女も居るのよ。」

「あぁ、でも、君以上に強い女性は、なかなか見つからないかもしれない。」

「まぁ、それどういう意…ん?」

「どうした?」

初めての感触に私はそっとお腹に手を宛てる。

「どうした!どこかおかしいのか?」

途端に慌て始めるアデルに苦笑する。

「違うわ。今、蹴ったのよ。」

「へ?」

私はアデルの手を取って、自分のお腹にあてさせた。

「赤ちゃんが、お腹を蹴ったように感じたの。喧嘩するなって事かしらね。」

私は静かな声でささやいた。

アデルも口を閉じて手の平に意識を集中している。

「あ、ほら、今。」

「え?本当に?」

「そうよ。わからない?」

「ん…?あ、今?」

「そうそう。」

私が頷くと、アデルがひどく感動した様子で目を輝かせる。

体をずらすとお腹にそっと耳を当てて、手のひらでやさしくさする。

「元気なんだな。」

そう呟いた声が少し震えているようだけれど、私は知らない振りをする。

「そうよ、みんな元気よ。」


アデルの髪を梳きながら、窓の外を見上げると、大きな月が眩しいほどに輝いていた。




******




冬はゆっくり時を重ねる。

永遠と続きそうな寒さの中、けれど確実に季節は進んでいく。

ふと気づいた時には外気が優しさを含んで、溶けた雪の下から新しい芽が覗いているのだ。


庭に花が咲いて、空の色が濃くなり始めたある日、屋敷に産声が響く。

元気な男の子が生まれた。

天に向かって腕を突き上げて泣く姿は、自分の誕生を世界に宣言しているかのようだ。

アデルが春の豊穣祭に出かけていた日で、陣痛が始まって程なくアデルに知らせを出したけれど、慌てた彼が戻ってくる頃には既にお産は終わっていた。

初産なのに驚くべき早さだと、手伝いに来ていた産婆さんに笑われた。

「きっと、心配性のお父さんを思って、そうしてくれたのよ。」

お産の軽かった私は冗談をいえる程元気だった。


アデルは最初そわそわと私の心配をしていたけれど、赤子を抱かされると途端に落ち着きを取り戻す。

もっと怖がるかと思っていたのに、意外と抱き方も上手く、そつが無い。

「あら、意外と上手ね。」

「人形で、練習された甲斐がありましたね。」

ニーナに事情をばらされて、アデルは少し顔を赤らめる。

「よけいな事は言わなくていい。」

アデルが低い声を出すと、途端に赤子が泣き出した。

慌てて小さく揺らして宥める。

「おぉ、すまんすまん。怒ったわけではないんだよ、セシルバートは良い子だね。」

「セシルバート?」

「あぁ、兄の名を、継いでもらいたいのだが、いいかい?」

「もちろんです。良い名前をありがとうございます。」

私はにっこりと微笑んだ。

「セシルバート。父様だぞぉ。」

「まぁ、アデルばかりずるいわ。セシル、母様よ。」

アデルが私の横にセシルバートを寝かせてくれる。

布団をかけられ落ち着いたセシルバートを一なでしてから、私の髪に指を絡める。

「ティア。ありがとう。」

「いいえ。これからよ。お父様(・・・)。」

「あぁ、もちろん。」

皆が見守る中、アデルバートは私の額に唇をよせた。


その瞬間、居間の方からあわただしい気配がして、寝室のドアがあく。

「母さん!」

「産まれたって?」

飛び込んできたのは、お義母様だった。

満面の笑みを浮かべて、こちらに駆け寄ってくる。

「パトリシア様!ここはもうシンディーレイラ様の寝室なのですよ!」

「もう、固い事言わないで!それより孫を見せて頂戴。」

「面会は体の消毒をしてお願いしますよ!」

「あら、そうね。」

「パトリシア様!」

「ニーナ、あんまり騒いでは…」

「でも…。」


にぎやかさに何故か泣きたい位幸せを感じる。

きっと、これからもいろんな事が起こる。

良い事も悪い事も生きている限り続いていく。

人生は絵本みたいに都合よく「めでたし、めでたし。」じゃ終われないから。

でも、「めでたし、めでたし。」と言いたくなるような瞬間を切り取って、思い出を増やしていくんだろう。

愛する人たちと共に。


「まぁまぁ、可愛い。シンディーよくやったわね。お疲れ様。」

「ありがとうございます。」

「母さん、声が大きいよ…。」

「ふ、ふぎゃ~。」

「…ほら…。」

「あらあら、元気ね~。」

「良い子ね、よしよし。」

「ふぎゃ~。」


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