閑話:絵本『灰かぶり姫』ができるまで。
この度、ウィルフレッド殿下と婚姻を結ばれる予定の姫を、私は敬意を込めて「灰かぶり姫」と呼ぶことにしました。もちろん心の中で。一般庶民の私はしがない小説家をしておりまして、本来ならば、城に呼ばれたり姫様と話したり出来る身分ではありません。けれども、最近貴族の間では本の出版が流行っていまして、ウィルフレッド王太子殿下は、私に灰かぶり姫の話を本にするように命じられました。
姫は艶やかに輝く蜂蜜色の髪、象牙色の滑らかな肌、いつもキラキラと光を宿すブルーグレーの瞳をお持ちの美しい少女です。成人女性に少女とは失礼かもしれません。でも、まだあどけなさを残しながらも少女から女性へと変わろうとする危うげな魅力をもった彼女を私はあえて少女と表現したいと思います。快活そうな性格とは裏腹の儚げな風情は女の私でも庇護欲をくすぐられます。ここだけの話、殿下は少女趣味の気があるんですかね…?命が惜しいので口には出しませんが。
姫の話を聞いて、私はびっくりしてしまいました。どうして、こんなに可憐な少女をいじめたりできるのでしょう。彼女の語り口から嘘や勘違いではないだろうと推測できます。この時です。私が彼女のあだ名を「灰かぶり姫」と決めたのは。それにしても、困った。
「姫様、恐れながら、今のお話をそのまま採用してしまって、ご実家は大丈夫でしょうか?」
「そうねぇ、あんまり良くないかしら。」
私の言葉に姫も困まり顔です。あぁ、その首をかしげる仕草、かわいいですね。たまらんですね。いじめっ子の御姉様達が、読者からどうおもわれようと知ったことではないのですが、姫のお父様に悪評が付いてはいけません。殿下に嫁いだ姫にとってご実家は大切な後ろ盾なのですから。
「そうですね、では苛められたことは伏せましょう。事実と嘘を織り交ぜて辻褄を合わせればなんとかなります。」
「いいのかしら……?」
不安そうな姫を説得して、必要な話を聞き取ると、私は城を後にします。
自分の家まで帰って、お茶を飲み、最近覚えたタバコで一服ついてから、仕事に取り掛かることにしました。さて、ここからが私の腕の見せ所です。幼少時代の悪戯の話、市井での冒険談、家事に挑戦した時の経験談など灰かぶり姫から聞いたエピソードはどれも面白く、他のご令嬢には無い経験ばかりです。それを元にして、辻褄が合うように脚色します。すこしお転婆で好奇心の強い伯爵家のご令嬢が、家族に支えられながら数々の困難を乗り越えて大人になり、初めての夜会で運命の人と出会い恋をして、素敵な淑女になっていくお話になりました。後日、城に持ち込んだところ、大変好評で、今は急ピッチで出版に向けて準備がされています。なんでも、お二人の婚儀に合わせて出版するんだとか。
今日も私は城の離宮に呼ばれています。灰かぶり姫が目の前でニコニコと微笑んでいます。
「素敵な小説をありがとう。」
彼女も気に入ってくれたようで嬉しい限りです。とおもっていたら、彼女が困り顔でいいました。
「けれど、あのお話は私のお話ではないわ。」
困り顔の奥でブルーグレーの瞳が面白そうに輝いています。
「あなた、絵本も書けるそうね。」
「えっ…いえっ。」
「書けるそうね。」
「……はい。」
思わずうなずいてしまいましたが、私は絵本は書いたことありません。絵は壊滅的です。むしろ逆に芸術!?って友達は言います。私は問いたい、逆ってなんですか。彼女が目線で侍女をみて目配せをします。話を合わせろと言う事でしょうか?
「あなたの小説も好きだけど、絵本も見てみたいわ。」
「それは、ありがとうございます。」
「新作も楽しみにしているのよ。『灰かぶり姫』というお話なのでしょう。」
なぜ、心の中でつけたあだ名がばれているのでしょうか?一瞬冷や汗がでます。彼女が庇護対象の少女だと言ったことは撤回します。彼女は割と強かな貴族の女性でした。間違えてました。今となっては、ちょっと……笑顔が怖いです。
「えぇ。」
「魔法使いがでてくるような夢のあるお話だそうね。とっても楽しみにしているの。」
「……出来上がりましたら、姫に一番にお持ちいたします。」
「まぁ、いいの?嬉しいわ。」
そうしてちょこっと世間話をしてから家に帰りました。それから1週間、寝る間も惜しんだことは言うまでもありません。
後日、私の絵本を見て、姫が絵師を紹介してくれました。
絵本が売れて、絵師と結婚して、子どもにも恵まれて、灰かぶり姫が幸運の女神として私たち夫婦にあがめられているのはまた別のお話。
これが第1章最後のお話になります。
長い長いプロローグのような第1章でした。
読んで下さってありがとうございます。
次回から第2章はじまります。
これからもお付き合いいただけるとありがたいです。
アクセス、お気に入り登録など予想以上に沢山の方に読んでいただけているようでとても嬉しく思います。




