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「めでたし、めでたし。」じゃ終れないっ!  作者: 律子
第5章:物語はどこまで続く
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61.初めての主従の誓い。

いつの間にか私も眠っていたらしい。

目が覚めると、部屋は真っ暗だった。

木戸は閉められ、お茶を飲んだカップは無くなっている。

寝ている間にカナンが部屋を整えてくれたようだ。

腕の中の温もりに意識をやると、規則正しい寝息が聞こえる。

きっと疲れていたのだろう。


私はやんわりと彼の髪を撫でた。

真っ黒な闇に溶けるそれは、思いの他、やわらかく繊細だ。

その感触をしばらく楽しんでいると、アデルが身じろぎして目を開いた。

「ごめんなさい。起こしてしまったわね。」

私はあわてて髪をなでるのをやめる。

「いや、よく寝た。」

そういってアデルは身を起こした。

途端に入ってきた冷気に小さく身を震わせると、私も勢いをつけて起き上がった。

手早く上着を着ると、2人で食堂に向かう。

暗い廊下へ、扉の向こうから温かな光が漏れていた。


「あら、起きたの?」

「はい。すいません。長々と。」

「いいのよ。今夕食の準備中よ。あなたたちも食べるでしょう?もう少し待っててね。」

お義母様の言葉に頷くと、私は食卓の準備をしているボレロを手伝う。

アデルは手持ち無沙汰な様子で食堂と台所の間をうろうろして、お義母様に叱られている。

今日の夕食はトマトたっぷりのスープと、小麦粉と卵を練って薄焼きにした生地にベーコンやきのこをはさんだものと、ブロッコリーとジャガイモにソースとチーズをかけて焼いたものだ。

モッズは忙しそうに人数分の生地を焼いているし、カナンはモッズの焼いた生地に具を挟んでいる。

ブルースはどこからか椅子を持ってきて並べている。

なんとも平和な光景に私は思わず頬を緩めた。


昨日と同じように短いお祈りをして、昨日より少し静かに食事を取り、昨日とは違う食後のお茶をいれてもらう。

お茶を一口飲んでから、私は居住まいを正してお義母様に向かいあった。

「明日、アデルと共に屋敷に帰ります。」

その言葉を聞いて一番驚いているのはアデルだ。

「それでいいの?」

やんわりと微笑みながらそう聞くお義母様に大きく頷いて返した。

「あなたはやってくるのも帰るのも突然ね。」

「すいません。」

「いいのよ。私も突然屋敷に遊びに行くかもしれないし。」

「是非。…お世話になりました。」

「やめて頂戴。かしこまらないで。また、いつでもいらしてね。」

「はい。」

私とお母さんの会話が済むと、アデルがおもむろに口を開いた。

「母さんは帰ってこないのか?」

「えぇ、冬越えの準備も万端だし…春になったら、孫の顔を見に行くわ。」

「わかった。」

「アデル、私の言ったことキチンとなさいな。」

「…はい。」

それだけの会話をすると、アデルは目の前のお茶に視線を合わせて、じっと考え込むように味わった。

私はカナンを見つめる。

いつもならば気配を察して目を合わせる彼女が、今日はこちらを見ない。

「カナン。」

「…はい。」

「あなたも付いてきてくれるかしら?」

私の言葉にカナンは目を見開いた。

きっと真逆の言葉を予想していたのだろう。

「お義母様、カナンをもう少しの間…いえ、できればずっとお借りしてよろしいですか?」

私がお義母様に再度向かい合うと、彼女は面白いものを見る子どものような目をしている。

「正体を聞いたのでしょう?彼女を側に置くの?」

「はい。誰を主としていようと、私の最も信頼する侍女なのです。」

簡潔な言葉に全ての気持ちを乗せた。

隣でアデルが黙ったままカナンとお義母様を見比べている。

私たちのやり取りから大体の事情を把握したのだろう、途端に苦い顔をした。

しかし、口を挟むつもりはないらしい。

そんなアデルの様子を見極めるように眺めてから、お義母様が口を開く。

「わかりました。あなたにカナンをあげましょう。」

今度は私が目を見開く番だった。

「よろしいのですか?」

「えぇ。大事にしてね。アデルも、理解なさい。」

「…はい。」

アデルは仏頂面を隠しもせず、けれどもしぶしぶ頷く。

「ありがとうございます!…カナンはそれでいいの?」

私は満面の笑みを浮かべてから、はたと気づいてカナンに向き直る。

彼女はお義母様の前に跪くと懐から短剣を出して、右の手のひらの上に置いて持ち上げた。

お義母様も居住まいを正して、カナンを見つめた。

「最後の命令です。私の息子夫婦を守りなさい。」

「はい。承知しました。」

お母様はカナンの手から短剣を受け取って自分の胸の前に抱いた。

「長きに渡り、お勤めご苦労様でした。」

「…お世話になりました。」

カナンは深々と頭を下げてから、立ち上がった。

お義母様が私に短剣を差し出す。

それを受け取るとずっしりと重かった。

「あなたから、カナンに持たせて。主従の誓いを立てなさい。」

私は頷いてカナンに向き直ると、カナンはもう一度跪く。

「私、良い主に成れるよう努めるわ。」

そういって短剣を差し出すと、カナンは一瞬きょとんとした顔をしてから、にっこりと微笑んだ。

周りの人間がなんとなく苦笑しているのが分かるが気にしないことにした。

主従の誓いの文言など知らない。

「では、私も良い従者となれるよう努めます。」

カナンはそう言って短剣を受け取った。

「よろしくお願いします。」

私がそういって礼をすると、お義母様とアデルが噴出した。

ふと目をやるとブルースとモッズも肩を震わせている。

満面の笑みのボレロと少し呆れ顔のカナンと目を合わせて、私も笑う。


「よろしくお願い致します。主様。」


耳に馴染んだ優しい声がそう響いた。

とりあえず、カナンとのことは解決かな?

アデルとの仲直りは、もう少しかかるみたいです。

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