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「めでたし、めでたし。」じゃ終れないっ!  作者: 律子
第5章:物語はどこまで続く
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60.知らない事は知ればいい。

目を開けると、辺りは薄暗かった。

いつの間にか窓が閉められ、柔らかな日差しが遮られている。

私は傍らに座るアデルを見つめた。

なんだか、とても疲れた顔をしている彼は、私と目が合うと泣きそうな顔で微笑んだ。

「夢を見ていたの。」

言葉を発して、ひどく喉が渇いていることに気づいた。

「喉が渇いたわ。」

そういうと、彼は側に有った呼び鈴を鳴らして人を呼んだ。

きっと私が眠った後にカナンが用意してくれたものだろう。

現れたカナンに飲み物を頼むと、部屋を静寂が支配する。

ずっとつないだままの手を私は離す気になれない。

アデルも手を離すつもりは無いらしく、じっと私を見つめている。

「ティア。」

名を呼ばれて、心の中で2つの感情がせめぎあう。

変わらぬ響きを嬉しく思う私と、誰を呼んでいるのかと詰問したくなる私。

私は返事も出来ずに、アデルを見つめた。

「どんな夢を見ていたの?」

彼の問いかけは、カナンのノックに遮られる。

私は手を離して、ベッドの上で体勢を整えると、温かいお茶をもらってゆっくりと飲んだ。

カナンは言葉を発せず、木戸を開けて日差しを招いたり、私の背中に枕を当てたり、ガウンを着せたりしてから、静かに部屋を辞した。

その間私はお茶をゆっくりのんでいたし、アデルは椅子に座って私をみつめていた。


妙な沈黙は、けれどもそれほど居心地悪くは無い。

お茶を飲み終わると、私はまだ温もりを残すカップを握り締めたまま口を開いた。

「母の夢をみていたの。」

「そうか。」

「私にそっくりで、活動的…いえ、お転婆な人だった。父は母に手を焼いていたわ。」

「病弱だというのは?」

「それも事実よ。でも、病人が皆穏やかでのんびりしているわけではないわ。」

私はアデルに微笑んでみせる。

彼も、私の歴史を知らないのだ。

お互い、あまり多くを語らずに来てしまった。

変に知っている分、踏み込めなかったというのもある。

きっとアデルも同じだろう。

「あなたもきっと父と同じなのね。私は手に余る?」

うまく笑えているだろうか。

私の顔をアデルがじーっと見つめている。

私の言葉の真意を推し量っているのだろう。

「君は私の手の中には納まらない…そう分かっていても、私は君を囲って閉じ込めたくなる。」

ポツリとこぼされた答えに私は少し安心した。

アデルの顔をじーっと見つめる。

彼は泣きそうな顔をもう笑みの形にすることが出来ない。

「話し合いが必要ね。」

私は幾分明るい声を出した。

「あぁ。そうだな。母にもそういって怒られた。」

久しぶりにお説教をくらったよとアデルは苦笑をもらす。

「そう。でも、その前に大切なことがあるのよ。」

私は冷えてしまったカップを机に置いてもらうと、そのままアデルに手を伸ばす。

「あなたも、きちんと休みなさい。」

そういって戸惑うアデルを引っ張った。

彼は私の手に促されるまま、上着と靴を脱ぎ捨てて、小さなベッドに上がってくる。

横になったアデルの隣で私ももう一度横になる。

同じベッドに入るのは久しぶりだ。

アデルの持ち込んできた冷気がほてった肌に心地いい。


いつもは彼の腕に抱かれて眠ったが、今日は私が彼を抱く。

首の下に手を差し入れて、彼の頭を抱えて、思っていたよりも大きいことに驚く。

見ただけでは感じられないものがあって、彼の外身だけでも私はまだ知らない事があったのだ。

その事実になんだか安心してしまった。

彼の歴史を、内面を後回しにしていたわけでない。

私はこんなにも彼を知らない。

きっとまだ時間が足りていないだけなのだ、私たちの所為じゃない。


大丈夫、知らないことは知ればいい。

まずは彼を抱きしめて眠る感触から。

アデルはようやく観念したのか、膨らみ始めた私のお腹にそっと手を添えながら、胸に顔をうずめる。

「ゆっくり眠って。私はもう逃げたりしないから。」

彼は腕の中で小さく頷いた。


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