57.真っ暗闇を眺めて。
短いですが、アップします。
今日はここまでにしましょうか。
そう言われて頷くと、私は暗い廊下をゆっくり歩いて部屋に戻った。
真っ暗な部屋の中でベッドに腰掛けまっすぐ前を眺めるが、闇しか見えなかった。
何かが少し…ショックだったのだが、何がショックなのかはっきりしない。
お義父様を亡くしたことは知っていた。
どんな風に亡くなられたのかまでは知らなかった。
お義兄様を亡くしたことは知っていた。
お義姉様のお腹の赤ちゃんの事は知らなかった。
お義姉様を亡くしたことは知っていた。
お義姉様が初恋だったとは知らなかった。
お義母様と離れて暮らしている事は知っていた。
こんなに近くにいらっしゃるとは知らなかった。
知っている事の中に知らない事が点在していて、全体が見えない。
彼の経験してきた事の一面しか理解できていなかったのだ。
…いや、ちがう。
重要なのは知らない事があった事ではない。
私は何も知ろうとしていなかった事だ。
その時、アデルが何を考えていたのかを。
その時、アデルが何を感じていたのかを。
その時、アデルが何を欲していたのかを。
私は今まで彼の歴史を字面でしか理解していなかったということをまざまざと感じる。
私は妻なのに。
どこか他人事で…過去の事と割り切ってしまっていなかっただろうか。
彼に寄り添っているつもりで、そう出来ていなかったのだろか。
私を失うかもしれないという恐怖と戦っている彼を、私は一人にしてしまった。
帰ろうか。
彼の側にずっと居てあげよう。
彼が安心するように、彼の言うことを聞いて。
…本当に?それで良いの?
私は我慢できるだろうか?
我慢?
私が我慢できたとして、彼はそれで幸せなのだろうか。
私は、アデルを幸せにしたい。
今の彼の側では私は私で居られない。
そう思って家を出てきたのだ。
このまま帰ったところで状況は変わらない。
むしろ、これまでよりももっと束縛や監視の目はきつくなるだろう。
私はどうしたら良いのだろうか?
結局、ちっとも眠れやしない。
私は闇を見続けた。




