51.姉弟?友人?本当は…?
カナンの言うとおりに動くと、なぜか誰にも会わずに屋敷の外に出る事ができた。
いろんな部屋を出たり入ったり、今まで通った事も無いような通路を通ったり。
使用人の出入り口は警備が緩いんですと事も無げに言う彼女は私が思ってたよりも凄いのかもしれない。
「どちらに向かいますか?」
と聞かれて、
「どうしようかしら?」
と返した私にカナンは大きなため息を一つくれた。
そして、どこでもいいかと聞かれて、少なくとも数日見つからない場所ならばと答えると、カナンは大きく頷いて、道案内をはじめた。
町へ出ると、まず物陰でスカートを履いた。
それから、乗合馬車で南隣の町へ向かう。
狭い馬車には私達の他に親子連れが1組と、女性が2人乗っていた。
誰からともなくおしゃべりを始め、たちまちにぎやかになる。
私達は姉弟に間違われた。
カナンはそれを訂正せずに話を続けた。
途中、姉弟にしては似てないねぇと言われるが、私は父似、カナンは母似なのだと説明した。
カナンがあんまりスラスラ答えるから誰も違和感を抱かないようだった。
私達は王都の親戚を訪ねる姉弟という設定らしい。
私はボロが出ない様に極力大人しい姉を演じた。
カナンは見事に10歳くらいの少しませたおしゃべりな少年を演じきっていた。
馬車を降りる時には婦人の一人に頑張りなと肩を叩かれビスケットを貰ってしまった。
嘘をついている事が無性に申し訳なかった。
南の町で馬車を降りると、カナンもスカートに着替え、2人とも髪をおろして簡単に結いなおす。
そしてすぐに東の町行きに乗った。
一旦南に下ったのは目眩ましらしい。
今度は友人を訪ねて遠方から来た、若い娘2人連れという設定らしい。
今度も婦人ばかりの車内はにぎやかだ。
私にもしゃべり方を少し崩して街娘風を装う余裕ができていた。
良い旅をと声を掛けてもらいながら馬車を降りる。
この辺りは寒いからつけていきなと襟巻きを首に巻かれた。
都会の娘は嫌かも知れないけどさと微笑まれてしまって、断れなかった。
温かさが心にチクチクと刺さっていく。
東の町で犬ぞりを借りると、そのまま東に向かって走らせる。
町を抜け、森を進む。
だんだん雪深くなっていくが、軽快な走りは止まらない。
私は思いの外、震動が無く快適な犬ぞりの中で荷物を押さえながら小さく蹲っていた。
あまりの早さに周りの景色は流れて滲んでいる。
ほほに刺さる風だけが鋭く私を攻める。
ごめんねとつぶやいた。
誰にも聞こえない、誰に宛てたでもない小さな謝罪。
アデルに届けばいいのにと一瞬願って、わがまま過ぎると自嘲した。
もう少しで日が暮れてしまう…と言う頃、そりがとまった。
顔を上げた私の目の前にこじんまりとした1件の家が建っている。
辺りは夕闇で薄暗い森しかない。
ポツンと一つだけ建つ家は山小屋というには立派すぎる。
明らかに常時人が住む為に作られた物だった。
カナンに手伝ってもらってそりから降りる。
三角屋根に丸い窓の家の周りには退けられた雪が山のように積まれている。
絵本に出てくる魔女の家のようだった。
「ここは?」
私の質問にカナンが色の無い表情で答える。
「私の主の家です。」




