49.最後通告はしましたよ。
「アデル。」
私は彼の声に含まれる怒りに身をすくませる。
思わず、後ずさって、カナンにしっかり抱きとめられる。
やはり小さな体には似つかわしくない安定感に、でも、とても安心する。
「こんなところで何してるんだ!」
少し立ち直った私は、アデルの剣幕を冷静に見つめられた。
彼は夜着にガウンを羽織っただけの格好で、彼の方が風邪でも引いてしまいそうだ。
「雪を、見てたのよ。」
ちっとも悪びれた様子が無いことに彼は怒りを増幅させる。
冷たい緑色の瞳が射抜くようにカナンを見た。
「どういうことだ?」
「ご希望でしたので。」
「なぜ止めない!!」
「…止める必要が?」
カナンの言葉に私も目をむいて振り返った。
彼女が盾突くような言動をするのを初めて聞いた。
「ごめんなさい。私がわがままを言ったの。すぐ戻るわ。」
私はにらみ合う2人を取り成すように微笑んだが、残念ながら効果は感じられない。
「あぁ、戻ろう。カナン、今日からティアの部屋付きを解任する。」
アデルはそういうと私の手を引っ張った。
私は思わずアデルの手を振りほどく。
その拍子にグラリと体が傾いた。
「奥様!」
そういってカナンがとっさに抱きとめてくれる。
「ティア!」
アデルは一瞬で顔色を無くして、鋭く私の名を呼んだ。
その声に、私の中で堪えていたものがプチンと音を立てて限界を迎えた気がする。
私はカナンの腕の中で体勢を立て直すと、小さくありがとうとつぶやいてからアデルを見た。
私の目はきっと怒りの炎をチラつかせている。
「危ないじゃないか、どうして手を…」
私に何か小言を言い始めたアデルに近づくと、右手で彼の頬を叩いた。
バシンッ
透明な冬の朝の空気に思っていたより大きな音が響いた。
が、あと10倍くらいの力があれば良いのにとは思っても、申し訳なさなんてこれっぽっちも感じない。
私はしびれる手を振りながら、驚いている彼を睨み付ける。
「危ないのは貴方でしょう?こんなところでいきなり手を引くなんて。自分の行動を省みなさい。カナンは私の侍女です。何を勝手なことを言っているのです。私は、もうこれ以上、あなたの思い通りにはできません。」
「私は、君の体を思って…。」
「今のアデルの側で、私の体が休まると思って?」
彼は言葉に詰まって、こぶしを握り締めている。
「私は体調管理もできない子どもですか?支えてやらないと歩けもしない女ですか?」
私は彼がきっと気づいてくれるだろうと期待していた。
きっと、謝ってくれて、この訳のわからない束縛を解いてくれると。
けれど、それは私の見た白昼夢。
彼の口から出た言葉は、私の予想外のものだった。
「そうだ。君は弱い。だから私が守らなければ。」
「なっ…。」
「部屋に戻りなさい。これからは散歩をしたくなったら私の許可をとりなさい。」
彼はそれだけ言うと、私に背を向けて歩き出した。
話し合いも必要ないということか。
私は唖然とその背中を見送った。
「カナン。」
「はい。」
「旅の支度をしなさい。もちろん、他の人には気づかれないように。」
「しかし。」
「いいの。」
「…わかりました。」
私は冷えてしまった手をぎゅっと握り締めた。




