48.雪化粧は厚いと綺麗。
サクッ、サクリ、クシャリ、シャリと雪を踏みしめて歩く。
ひざ下まで埋まるような雪の深さに驚いたが、ズボンと編み上げの底の低い靴のお陰で雪の中でもしっかり歩ける。
王都や私の生まれ育ったクランドール領では雪は積もっても、靴の底が埋まる程度だった。
子どもの頃、くるぶしまで埋まる程度降った時は父が大雪だと言っていた覚えがある。
カナンは私の真後ろに控えている。
彼女もズボンを履いていた。
私が着替え終えると、カナンは少し待つように言って、あっという間に侍女服から今の格好に着替えてきたのだ。
そして、厚手のコートを着せながら、雪の上での心得を言って聞かせた。
「先を急いではなりませんよ。小股でゆっくりを足を踏みしめながら歩いてくださいね。転びそうな場合には私に身を任せてください。一人でどうにかしようと暴れてはだめですよ。」
彼女の言葉に満面の笑みでうなずく様は子どものようだったに違いない。
私はカナンの言葉を忠実に守って、ゆっくりゆっくり庭を進む。
最初は庭の真ん中まで行って、全体を見回したいと思っていたけれど、はじめての深い雪に途中であきらめて立ち止まった。
運動不足の体はすでに息を上げている。
その息も真っ白で、青い空に吸われて消えていった。
「すごいわね。」
「これからですよ。雪の多い年は2階のバルコニーから直接庭に出られますから。」
「ほんとうに!?」
私はその様子を想像しようとして、うまく描けなかった。
きっと今私が立っている所はすっぽりと雪で覆われてしまうのだろう。
「今年はどのくらい積もるかしらね。」
「ラファエル領の冬は長いですからね、きっと奥様は見飽きてしまわれますよ。」
私はそういうカナンの目に慈しみの色がにじみ出ているのを発見して、彼女は雪深い地域の出身なのかしらと考える。
結局、カナンの正体を私は何も知らない。
どこで生まれ、どこで育ち、なぜ戦闘能力を持つのか…聞けばきっと教えてくれるのだろうけれど、なんとなくそのままにしてきてしまった。
女神の樹海に彼女が迎えに来たということは、アデルも彼女の正体を知っているのだろうと思うが、そこも良くわからない。
元からアデルの使う隠者の一人だったのか、だとすれば、彼女は後宮でどうして私の側に仕えたのか。
城の情勢を探るなら、もっといい場所はいくらでもあったに違いない。
「私の顔に、何かついていますか?」
カナンの声に我に返ると、彼女はいつの間にか庭に向けていた視線をこちらに投げている。
「いいえ、なんでもないの。ちょっといろいろ考え事をしてしまって。」
「そうですか。」
彼女も、私に進んで正体を話そうとはしない。
だから、きっと聞かなくてもいいのだと結論付ける。
「そろそろ戻りましょうか。」
「はい。」
これから飽きるほど見られる景色なら、ゆっくり楽しめばいい。
私も妊婦なのだから、進んで体を冷やしたいとは思わないのだ。
少し自由を与えられれば、自重することもできる。
アデルもそこに気づいてくれるといいのだけれど。
あと少しで庭から出られるという時に
「ティア!!」
怒鳴るように名を呼ばれた。




