47.夫人の味方は侯爵の敵?
アデルやニーナ、アグリ達の過保護っぷりを、カナンとダンテスは諫めてくれる。
特にカナンは側に居ることが多いから、私は彼女に救われる。
カナンの存在はどんな時も貴重だ。
妊娠が分かってから2ヶ月も経とうという頃には、つわりはすっかり治まった。
次第に食欲が出てきて少しずつ体重も増え始める。
服の上からでは分からないが裸になると、お腹がふっくらとしてきたように感じる。
お腹を締め付けないゆったりとした服を着るようになると、とたんに妊婦らしく見えるように感じてなんだかくすぐったい。
それまでの眠気や吐き気が無くなり、ダニエルにも安定期に入ったとお墨付きをもらうと、いよいよ周りの過保護が我慢ならなくなってきた。
日に日に活動的になる私に最初はお小言を降らし続けたニーナだったが、そのうち少しずつ過保護は落ち着いてきた。
安定期に入って、再度ダニエルが散歩と気分転換を推奨してくれたこともあるし、久しぶりの妊婦の世話で舞い上がっていた気持ちが落ち着いたのもあるだろうし、何を言われても元気な私は意に介さないというのもある。
あれやこれやと口を出すのは止めて、部屋の温度調節や栄養管理などを徹底するようにしたようだ。
散歩も、カナンかアグリを連れて温かい恰好で行けば多少長引いても許された。
落ち着きを取り戻しつつある屋敷の中で、アデルだけはどうやっても保護の手を弛めない。
息苦しいほどにきっちりと私を見えない腕で包み続ける。
彼が屋敷に居ると私はほとんど軟禁状態だ。
私はアデルの留守が待ち遠しいなんていう有様だった。
好きという気持ちが無くなる訳ではないのだけれど、それ以上に鬱陶しいと感じたり面倒だと思ったりする機会が増える。
次第に私からアデルに話しかけることも減り、彼の話にもなげやりな相槌を打つようになっていた。
そんな私をアデルは心配そうに、悲しそうに見つめてうっすらと微笑み続けた。
こんな風になるのなら、不満や憤りを彼にぶつけた方が気が楽なのだが、今さら改めて自由にさせてと言った所で彼が聞く耳をもつとは思えない。
そんな私達の間の空気は、なぜか屋敷全体の空気をも暗く濁らせるようだった。
ある日、雨戸からもれる朝日の鋭さに目が覚めた。
このところ曇りがちだったのだが、きっときれいに晴れたのだろう。
私はそっとベッドを降りると、隣のベッドで眠るアデルを見た。
黒い髪が額にかかってあちらこちらへ散らばっていて、なんだかいつもより幼く見える。
ほんのりと胸に灯る愛情に心底安心する。
冷たくしても、すげなくしても、私は彼が好きなんだ。
いつもなら私より早起きの彼がまだぐっすり眠っているということは、相当早く起きたらしい。
私は音を立てないように寝室を出て、居間の明るさに驚いた。
朝日ってこんなにまぶしかったっけ?
領地に戻ってからというもの、夜は何度か起きて用を足すので眠りが浅く、朝は割りと遅くまで寝ていたのだ。
まぶしさに目を細めながら、窓の外を見て驚いた。
一面の銀世界がそこに広がっていたのだ。
私は思わず窓に張り付いて感嘆の声を上げる。
昨日までは灰色に染まっていた空は青く透き通り、土の色を見せがちだった花壇もくすんだ緑色をしていた木々も雪に染まって白く輝いている。
太陽を跳ね返しえキラキラと光を集める真っ白な雪。雪。雪。
白と青のコントラストが目に眩しく、どこか見知らぬ土地のようだった。
私は我慢できずにバルコニーのドアを開ける。
途端に冷たい空気が流れ込んできて私の体を震わせる。
かまわずに、バルコニーへ出ようとして
「おはようございます。」
カナンの声にビクリと震えた。
「お、おはよう。いたの?」
「はい。暖炉に火を入れようと思いまして。起きてらしたのですね?」
「えぇ。」
カナンはつかつかと寄ってきて、私の開いたドアを閉めてしまう。
「あぁ…。」
「さすがに、そのような格好ではお体に障ります。すぐに着替えを用意しますので、厚着をしてから庭に下りましょう。」
「いいの?」
「えぇ、今はまだニーナも食堂の支度中ですので。見つからないように行きましょう。」
ひそひそと声を潜めてそういうと、カナンは片目をつぶった。
彼女はいつだって私の味方なのだ。
あれ?カナンとシンディーの恋物語ではないよね?
と思いつつ書いてます。
カナンが男だったら、きっともうすでに攫われてますね。
アデルはカナンの足元にも及ばない。ヒーローなはずなのになぜ…?(笑)




