46.何の罰?むしろ新手の拷問?
これから妊娠・出産の描写の中で、あれは良いとかこれはダメとかいう記述がいくつか出てくるかと思いますが、特に根拠がある訳ではありませんので、あらかじめご了承ください。
物事には限度というものがある。
最近のアデルは…というかラファエル家は限度という言葉をどこかに忘れてしまっているらしい。
誰かに辞書を借りて来なければいけない。
いっそ「限度」のページだけでもかまわないから。
妊娠がわかって約1ヶ月、最近はつわりも少しずつ治まってきた。
さらに、対処法がわかってきて、前よりも体調はいい。
体調が良くなるとそれまでは苦笑しながらも気にならなった周りの過保護っぷりがとても気になる。
冬になりつつあるといえども、まだ暖炉に火を焚くような寒さではないはずなのに、私の部屋は朝と晩なぜか小さな火が焚かれる。
それだけならまだしも、通常の秋・冬用の普段着だけでは「薄着過ぎる」と皆が私に2枚くらい余計に服を着せたがる。
暑いとつわりもひどくなるからやめて欲しいのだけれども、私の「大丈夫」の言葉は基本的に無視される。
それだけでなく、やれ紅茶はいけないとか、やれあの果実水を飲めとか、この果実水を飲めとか。
お菓子は食べ過ぎるなとか、ご飯はもっとたべろとか。
いい加減うんざりなのである。
検診に来たダニエルに相談すると、少し使用人達を諌めてくれるのだが、逆にニーナに怒られたりしていて、あまり効果があるとはいえない。
医者対出産経験者の戦いになってしまって、基本的に体に悪いことをしている訳ではないので医者が折れて終わってしまうのだ。
足腰が弱くなっては出産が大変になると、適度な散歩は必要とそれだけは頑として譲らないでいてくれたけれど。
「あんまり妊婦に窮屈な思いをさせないようにね。」
そういい残して部屋を去るダニエルの背中には哀愁が漂っていた。
…お疲れ様でした。
ダニエルがニーナを脅かしてくれたにもかかわらず、庭の散歩はなかなか許されない。
許されたとしても、歩きにくいほど着膨れして、ぴったりと張り付くように控えられていては、庭を歩いた所で大して気分転換にはならないし。
私は今日何度目かわからないため息をついた。
「ねぇ、すこし外に出たいのだけど。」
「なりません。」
ニーナの言葉にもう一度ため息をついて、カナンを見やると同情的な表情で小さく首を横に振られた。
「今日は、いいお天気じゃない。」
「風が冷とうございます。明日、暖かければ出られますから。」
私のすねたような呟きはアグリの宥めるような声に木っ端微塵に打ち砕かれてしまう。
「アデルはいつ戻るのかしら?」
「本日も夕方にはお帰りの予定です。お夕食はご一緒にとのことでしたので。」
「…そう。」
ほほえましそうに柔らかな笑顔を添えて答えてくれたニーナに、私は引きつった笑顔しか返せない。
バレないように、小さく小さくため息をついた。
別に、彼のことを嫌いになったのでは無い。
使用人達の過保護っぷりもさることながら、アデルのそれは常軌を逸しているのだ。
もはや愛の名を借りた…いや、そこまで言ってはいけないだろうか。
アデルはまず、玄関での出迎えを止めさせた。
玄関は冷えるからだそうだ。
屋敷の中ではただでさえやることの無い私は、数少ない侯爵夫人としての仕事を無くしてしまった。
そして、仕事から帰ると片時も私から離れない。
もう、うんざりするほどべったり一緒に居る。
仕事も私の側でする。
暇な私は彼の読んでいる書類を眺めたりするのだが、目に悪いと止められる。
私はお人形のようにアデルの様子を見守っていなければならないらしい。
食堂へ行くのも、寝室へ行くのも、歩く時は常に寄り添ってくる。
食事が進まないと真剣な顔で食べさせようとする。
お風呂は必ず共に私が滑って転ばないように絶えず気を配っている。
しかも少しぬるめのお湯でしか入らせてもらえない。
私は熱めが好きなのに。
化粧室に行く時も付いてこようとするのでこれだけは必死で断り、ドアの前で待とうとするのでほとんど脅して止めさせた。
ベッドにも柵が取り付けられ、寝ている間に何か有っては大変だと寝室にもう一つベッドを持ち込んで彼はそこで眠る。
呆れるを通り越して、怖いくらいだ。
私は真剣に彼の方が何かの病気何じゃないかと疑ったこともある。
それもこれも、皆が私の妊娠を喜んでくれているからだとわかるからあまり強くは拒否できない。
だけれども、時々どこかへ行きたくなってしまう。
木登りまではしなくていいのだけれども。
なぜか、穏やかな妊婦生活を送れないシンディーでした。
過ぎたるは猶及ばざるが如しというやつでしょうか?




