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「めでたし、めでたし。」じゃ終れないっ!  作者: 律子
第5章:物語はどこまで続く
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45.おめでとうございます。

「おめでとうございます。ご懐妊ですよ。」

「へ?」

ドクターの言葉に私は目を丸くした。

隣で控えているカナンやアグリからは喜びがあふれ出て、無言の祝福になって私を包む。

すっかり華やかな喜びに満たされた部屋の中で、私一人、呆然と目の前の壮年の男性を見つめていた。

彼はダニエル。

ラファエル家の掛かりつけの医者である。

アデルが小さなころから家族全員、彼に診てもらっているらしい。

領地に戻ってからというもの、なぜかずっと体調が悪い私はアデルに頼んで彼を呼んでもらった。

「今、3ヶ月ですね。この所の具合の悪さはつわりの症状ですね。今は無理に食べなくてもかまいませんが、…水分は取れていますか?」

「はい、大丈夫です。」

ダニエルの説明を聞くにつれて私はすっかり顔色を悪くしていた。

3ヶ月ということは、私がリシャーナの陰謀で樹海を彷徨ってたとき、もうすでに赤ちゃんがお腹の中に居たことになる。

木に登ったり、川の水を飲んだり…思い出してもう真っ青である。

ドクターはその様子を見て、何を勘違いしたのか、おずおずと

「アデルバート様の…ですよね?」

と確認してくる。

あわてて頷く私に、今度は子どもを宥める様に大丈夫と繰り返した。

「大丈夫大丈夫。気持ちを穏やかに。不安になる必要はないですよ。」

彼の的外れな優しい声で、私は少し復活する。


私に喜びがやってきたのは、ダニエルが帰ってしばらくしてからだった。

「カナン。赤ちゃんができたそうよ。」

私は窓の外を見つめたまま、隣で気配を消しているカナンに話しかけた。

「はい。奥様。体を大事にせねばなりませんね。」

カナンの声にふと我にかえれば、厚手のひざ掛けがひざの上に置かれている。

ほんのりとした暖かさと共に、おいてけぼりだった実感がじんわりじんわり染み込んで来る。

「元気な子を産まなくては…。」

「皆、及ばずながらお手伝いさせていただきたく…。」

部屋を見回すと、喜びで顔を桃色に染めた侍女達が私を見つめている。

「初めてのことでわからないことだらけなの。皆、よろしくね。」

そう言うと皆、大きくうなずいてくれた。


アデルには夕食時に報告することにした。

出迎えの際に「医者はなんと?」と聞かれたので「後ほどゆっくりと」と回答したらなんだかいらぬ心配をかけてしまったようだ。

不安そうな面持ちで食卓につくアデルの手をとって、私はふんわりと微笑んだ。

「どこか悪いのか?」

「いいえ。違うのよ。」

アデルは眉間にしわを寄せたまま情けない顔になる。

「では、どうした?」

「あのね…子どもが出来たそうよ。」

「こ…ども…?」

「えぇ、貴方の子がここに。」

そういってまだ何のふくらみもないお腹をさすると、アデルはようやく言葉を飲み込めたようだった。

瞳に映っていた不安の影は見る間に驚きと喜びに場所を譲る。

「子どもができたのか!」

「そうよ。体調不良はつわりですって。」

アデルは立ち上がるとふんわりと私を抱きしめる。

「ありがとう。」

「まだまだ、これからよ?今3ヶ月ですって。予定は来春。」

抱かれたままでくすくす笑うとアデルは私を放して頭を掻いた。

「そうか、春か。体に気をつけないとな。」

「えぇ。」

彼はひとしきり喜ぶと、私の顔とお腹を見比べて確認するように微笑む。

「ティア、寒くないかい?少し薄着なように思うが…」

「えぇ、大丈夫よ。」

「いや、風邪でもひいたらどうする?だれか、すぐにガウンを。あと、ひざ掛けも必要か。」

アデルの言葉に使用人があわてて動き出す。

「大丈夫なのに…。」

私の言葉は無視されて、あれやこれやと世話を焼かれる。

私はカナンと目を合わせて、視線だけで苦笑した。


こんな幸せが私にも訪れるなんて、ほんの数ヶ月前は思いもしなかった。

ただ後宮のすみっこで朽ちていくだけのはずだった。

それなのに、愛するだんな様だけでなく、子どもまで授けてくれるというのだ。

神様というのがもし居るならば、きっと一番嫌いな言葉は「平坦」か「適度」に違いない。


結局、夜寝るまでアデルはずっと過保護だった。

私は半分呆れながらも、笑みがこぼれるのをとめられない。


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