43.夫人の沙汰も愛しだい。
彼女の悲痛な独白はシンと静まり返った部屋に小さくしかしはっきりと響いた。
淡々とどこまでも他人事のように語られるそれは、彼女の悲鳴にも聞こえる。
皆時々息を飲んだり、思わず目をそらしたり。
だけど私はじっと彼女の目を見たままでそれを聞いた。
「…今は、そうね…。信じてもらえないかもしれないけれど、貴女が帰ってきてくれてほっとしているわ。シンディー、神様はきっと、貴女の味方なのね。」
そこまで一気に話すとリシャーナは口を噤んだ。
「私、つまらない事で殺されそうだったのね。」
「つまらない事…そうね。貴女にとっては私の悩みなどつまらないでしょうね。」
「そうね。私にとっては、私の命より価値が有るとは思えない。」
「当然ね…。」
私達の会話が切れるとそれまで微動だにせず耳を澄ましていたウィンズレッド侯爵が突然立ち上がって頭を下げた。
「本当に、申し訳ない事をした。謝ったところで許される事ではないが…。」
私とアデルに向かって頭を下げる侯爵に私は冷たい視線を投げつける。
「その謝罪は受け取れません。」
余りに投げやりな言い方にみんなが思わずこちらを振り返る。
「それに、謝るべき相手を間違えてはいませんか?リシャーナを傷つけたのはあなたの浅はかな言動です。」
年上の、しかも侯爵様に対してあんまりな言動に隣でアデルが口を大きく開けている。その様子が少し間抜けで私は笑わない様に気をつけなければならなかった。
ここで笑ってはせっかくの緊張感が台無しだ。
「いえ、断罪されるべきは私です。彼は何も知らなかったのですから。」
私のにらみつけるような視線からウィンズレッド侯爵をかばったのはリシャーナだった。
「どうぞ、お好きに、私を処分なさって。」
彼女の懇願とも取れる申し出を私は鼻で笑って見せた。
「あなたに、どんな責任が取れるというの。」
「…。」
「あなたを告発したところで私の望む結果にはならないわ。幽閉も、ましてや死刑も私は望んでないのよ。」
「ならば、どうしろと…?」
「ウィンズレッド侯爵は南に飛地を持っておられるわね。」
「はい。」
「そちら以外の領地を、適当な理由をつけて返還してくださる?」
「な、何を!」
黙って聞いているウィンズレッド侯爵と対照的にリシャーナは慌てふためいて侯爵には関係ないのだと言い募っている。
「リシャーナ。あなたは侯爵夫人です。あなたのしでかした事は、侯爵様にも責任があるのではなくて。主に…監督不行届きという責任ね。」
私がぴしゃりと言い放つとリシャーナはぐっと押し黙った。
一般的に妻の罪が夫の責任になるなんて事は無いはずだが、自信満々で言い放つ私を誰も止めない。
それにしても、いつも悠然と構えている彼女がこんなにも慌てふためく様を私ははじめて見た。
きっと周り友人達もそうなのだろう。
皆、息を潜めて成り行きを見守っている。
「それから、今城で勤めてらっしゃる要職を…3ヶ月も有れば引継ぎできるかしら?できるだけ早く辞してください。そうして、リシャーナと共に南へ行ってくださる?3年ほど社交界には出てこないでいただきたいわ。名目は、妻の病気の療養の為としましょうか。」
「承知した。」
「まって、考え直して!私が、罰を受けますから!」
「もちろん、あなたにも罰は受けていただくわ。あなたの南の領地にね、偶然私の友人が宿屋を開いているのよ。週に5日程、あなたそこで働きなさい。侯爵夫人ということは伏せてね。」
「なぜそんな?」
「あなたのその馬鹿馬鹿しい階級意識と侯爵令嬢として培われてきたプライドを粉々にするためね。」
「……。」
「きちんと隣を見て。リシャーナ。あなたの旦那様まったく迷ってないわよ?」
「…ブラッドリー様…?」
「実はね、この話は事前に侯爵様にお話してあるのよ。私は2つ方向性を出したわ。離縁してリシャーナを修道院に入れるか、夫婦で南に引きこもるかってね。彼は迷わず後者を選んだ。」
今にも叫びだしそうな表情でリシャーナが口に手を当てて呆然と立ち尽くしている。
侯爵様は眉間にしわを寄せて私をみた。
「ラファエル侯爵夫人、それは言わない約束では…」
「ごめんなさい。女というのはついうっかり口が滑っていけないわね。」
私は大仰に彼に謝ってみせる。
「ブラッド…リー…さま?」
「君は修道院に行きたかっただろうか?」
リシャーナは信じられないものを見る目で侯爵を見ている。
彼女の目はもう涙を堰き止めていられない。
「私も一緒に罪を償わせてくれ。」
リシャーナはついに立っていられなくなり、その場にしゃがみこんだ。
彼女の群青色のドレスが花のように広がっている。
「2人できちんと話さなければ、自分の考えがいつも正しいとは限らないのよ。」
私は今日初めて、彼女に向かって優しさを滲ませた声で言った。
侯爵は彼女のそばにしゃがみこみ、彼女の肩を抱いている。
きっと大丈夫だろうと思う。
彷徨っていたリシャーナは自分では正しい出口を探せなかったけれども、ウィンズレッド侯爵がきっと彼女の手を引いて共に歩いてくれる。
「さぁ、あなた達の顔なんか見たくないの。さっさと帰ってくださる?」
私はよい雰囲気になりつつある二人に軽い声をかけた。
それを合図にカナンとアグリがサロンのドアを開ける。
「もし許してほしければ、3年後もう一度謝りに来なさい。あなた達の子どもと私達の子ども一緒に遊ばせましょう。」
侯爵に支えられるようにして部屋を後にするリシャーナの後姿を私は目に焼き付ける。
「リシャーナ。」
最後に、これだけは言っておかなければならない。
「神様はあなたの味方だから、私が帰ってこれたのよ。」
ドアの向こうで、彼女の嗚咽がひときわ大きく響いた。
これにて一件落着!
ノリは○山の金さん(笑)




