42.悲劇のヒロインはお断り。
その日はとても晴れていた。
王都にはたくさんの人があふれているけれど、屋敷のある住宅街はとても静かだ。
貴族の屋敷ばかりなので、一つ一つの敷地が大きい。
お隣さんまで行くのもいい運動になるほどだ。
そんな静かな住宅街が次第に賑やかになってくる。
ラファエル家の屋敷に馬車が7台。
入れ替わり立ち替わり貴族の夫婦を降ろしていく。
その人物像は様々で、侯爵もいれば男爵もいる。
若者もいれば老者もいる。
特に同じ派閥に属しているという訳でもない。
しかし勘の良い者ならすぐ気づくだろう。
彼らが先の戦争の功労者で、尚且つ隣に寄り添う妻を下賜にて娶っているという事に。
私とアデルは屋敷のサロンで皆を迎え入れた。
涙ぐんで言葉も無いエレノア。
会うなり力強く抱きしめてくれたマリエッタ。
無事でよかったと満面の笑みを浮かべるマーガレット。
ほとんど縋り付いて、私を裏庭に残した事を謝るクリミナ。
お帰りなさいと微笑むソフィア。
無事を祈っていたわと少し照れくさそうなレイチェル。
そして顔色を無くしながらも無事でなによりよと呟くリシャーナ。
私はリシャーナも、彼女の様子を見て訝しがる友人達も無視して、着席を促した。
皆がそれぞれに座るとすぐに、お菓子と、温かい紅茶が目の前に運ばれる。
給仕が終わると、カナンとアグリが部屋の端に待機する以外は使用人は全員部屋を出る。
「みなさん。今日は妻の快気祝いに駆け付けてくれてありがとう。たいしたおもてなしもできませんが、ゆっくりとお楽しみください。」
アデルの挨拶が終わると、それぞれがお茶を楽しみ始める。
程なく、エレノアとマリエッタが快気祝いだとプレゼントをくれた。
お風呂で使う香油とハーブ入りの石鹸のどちらも私が昔から愛用しているものだ。
彼女たちの気遣いがうれしい。
やはり、女友達というのは良い物だなぁと思う。
少し雰囲気が和やかになるが、皆やはり違和感が気になるようでどこか上滑りしている感が否めない。
そりゃそうだ…リシャーナやクリミナがここに呼ばれているという事は彼女たちは事件とは無関係だったのだと考えるだろうが、私とリシャーナの間の空気はそれにしては硬すぎる。
私は一番遠くに座っているリシャーナを見て声をかけた。
「リシャーナ、お茶が冷めてしまうわよ。」
彼女は顔を上げて、私を真っ直ぐ見つめている。
「大丈夫。こんな所で毒なんか盛らないわ。」
私のセリフにホワイトリー伯爵がむせた。
「…ったく汚いわね。」
紅茶に口をつける所だったらしく、マリエッタに睨まれて慌てている。
ホワイトリー伯爵はいつでも可愛い人なのだ。
「どういう意味なの?」
硬い声で尋ねたのはクリミナで、彼女はネコの様な目をさらに吊り上げていた。
「怖い顔しないで。クリミナ。貴方の想像通りよ。」
クリミナは息を飲んだ。
「どうしてこんなお茶会を?」
言葉を失ったクリミナの後に続いたのはソフィアだ。
彼女の声に非難の色は無い。
ただ、悲しそうな表情が私の心をチクリと刺す。
「皆の前で、はっきりさせたかったの。そうでないと、わだかまりが残るでしょう。」
めんどくさくて嫌なのだ。
今回の事について、何度も同じような説明を繰り返すのも、禁句にするのも。
私としては、3年後には「そんなこともあったわね。」と言いたいのだ。
彼女達となら、笑い話にしてもいい。
いつまでもいつまでも「私は裏切られたのよ。」とか「殺されかけたのよ。」とか言っていられない。
まず、疲れる。
「もし、聞くのが嫌だと思ったり、辛かったりするのなら、別室を用意してあるわ。特にエレノア。アディソン伯爵は大丈夫だろうと言っていたけど、あなた無理しちゃだめよ。」
このお茶会を開くのに、私は何人かには事前に話を通していた。
エレノアの夫のアディソン伯爵、クリミナの夫のターラント伯爵、そしてリシャーナの夫のウィンズレッド侯爵にも。
予想通り、別室に行くと言う人間は居なかった。
なので私はリシャーナを見据える。
「…何を話せばいいのかしら?」
リシャーナは真っ白な顔でそれでも気丈に言い放つ。
「しらを切るのはやめにしたのね。」
「あなたが帰ってきたのだもの。無意味でしょう。」
「そうね。では、全てを話して。なぜ私が狙われたのか、なぜ樹海の中に置き去りにしたのか、そして、今何を考えているのか。」
私の問いかけにリシャーナは一つ大きなため息をつくと無表情に語りはじめた。
やっぱりのシンディー節。
彼女は自分が死にかけたとわかってない所があります。
影でアデルは頭を抱えています。(笑)




