39.伯爵夫人の釈明②
前話、サブタイトル修正しました。
クリミナの嫁ぎ先は伯爵設定でした…すみません。
シンディーレイラに初めて出会ったのも、もちろん後宮よ。
彼女はあたしの嫌がらせをただただ困った子どもを見るような顔であしらったの。
あたしは初めて勝てる気のしない女性に出会って、すこしホッとしたのを覚えている。
シンディーレイラとその友人たちは後宮の中にいながら、特に不満を貯めている様子は無かったわ。
後宮の片隅でひっそりと穏やかに暮らす彼女たちがとても羨ましかったけれど、立場上仲良くすることは叶わない。
だから、あたしと彼女たちの接点は特に無いと言っても良いほど少なかったの。
けれど、ある日急に状況が変わってしまったわ。
「下賜ですか?」
「はい、ターラント伯爵が是非あなたをとご希望なのです。」
いつぞやの殿下…今はもう陛下か…の側近に後宮の談話室に呼ばれて下賜の話をされた。
「ターラント伯爵…様?」
「はい。御年は43歳。10年ほど前奥様を事故で亡くされており、お子様はいらっしゃいません。」
43歳…父より一つ年上の方へ下賜…それはもうどんな冗談なのかと笑いたかったけれど、あたしは笑う事はできなかった。
「拒否権があるのですか?」
「本来ならば無いような物なのですが、ターラント伯爵があなたの了承を得ることを条件として希望されているので、このような措置をとっております。」
「どうして私なのでしょう?」
「さぁ、そこまでは伺っておりませんので…いかがなさいますか?」
「そういわれても…どうしたらいいのか…。」
あたしは茫然としてしまって何も考えられない状態だったわ。
側近はそんなあたしに同情的な表情を作ると、それでも、ゆっくり考える時間は無いのだと謝ったの。
今結論を出せと。
「ターラント伯爵は誠実な人柄の穏やかな方です。倹約家としても有名でしょうか…。家は古くから続く伯爵家で家格としても申し分ない家だと思われます。」
「けれど、43歳って…。」
「貴女も貴族令嬢の端くれなら、結婚相手は自由にならない覚悟はしていたのではないですか?今回も、もっと年上の方に下賜される姫君もいらっしゃいますよ。」
あたしは貴族らしい生活なんてしたこと無いけれど、側近の言い分は尤もよね。
「何より、後宮にごまんといる姫の中からあなたをご指名された方の元に行けるのは、あなたにとっては幸せなことだと思うのですが…。」
そう言ってから側近は出過ぎた事を申しましたと頭を下げた。
それを制してあたしは承諾の回答を出したわ。
そろそろ嫌気がさしていたの、人に嫌がらせして過ごす日々も、嘲り笑いでしか笑わない自分も。
後宮から出られるのなら、どこだってマシなのではないかと思ったのよ。
「頂いている御給金は返金できませんが…よろしくて?」
あたしが慌てて付け加えると、側近は破顔して頷いたわ。
笑い過ぎよ!
ターラント伯爵は側近の言葉通りの誠実な穏やかな方だったわ。
どうしてあたしだったのかと聞いた時に
「こんなおじさんが恋しちゃったとは思えないかい?」
と片目をつぶる彼を見て、まずこの御茶目な所から愛せそうだと安心したものよ。
そう、意外な事に、あたしはフレディー・ターラントの事をあっという間に好きになったの。
初めての夜、あたしが男を知らない事を告げると、彼は破顔した。
「ごめんなさい。下賜姫とは名ばかりで…。」
「顔をあげなさい。私はおじさんだからね、それを聞いて喜びはしても怒ったりしないさ。少しずつ教えてあげようね…君も楽しみにしてなさい。」
恐縮するあたしの目じりにキスを落として、彼は頭を撫でてくれた。
産まれてこの方、穏やかな生活なんてしたことなかったあたしに、平穏と安らぎをくれて、きちんと愛してくれた。
甘える事に慣れていないあたしの事もちゃんと甘やかしてくれる懐の深い人だわ。
伯爵家が倹約家なのは貧乏なのではなくて、領地からの税を国の認めている半分も取っていないからみたいよ。
もともと痩せた土地が多い伯爵領でも、領民が豊かに生活できるように、一番上が倹約する…そういう家風なの。
おかげであたしは後宮にいた時に付けた無駄なお肉をすぐに落とすことができた。けれども、実家にいた時の様な栄養の足りてない艶の無い肌には戻ったりしない。
質のいい、必要な食事を必要なだけいただく。
それはあたしにとってはたくさんの料理を並べるよりも贅沢な事に思えたわ。
清貧なんて言葉が実在するとはね。
後宮での所業が広まってしまったことも有って、社交界はあたしを受け入れてくれ無かったわ。
元々貧乏男爵家の出だということも有って、蔑みやすかったのでしょうね。
けれど、フレディーはここぞと言う時はキチンとかばってくれたし、何とレイチェルも下賜されて社交界に出ていたし、さらにシンディ―レイラをはじめとする下賜姫達はあたし達を許して仲間に入れてくれたの。直接何をした訳でもない見知らぬ夫人に毛虫のように疎まれて、実際に嫌がらせをしたこともある彼女達が受け入れてくれるのはとても不思議だったけれども、友人ができた喜びは格別なものだったわ。
だから、あたしがシンディーレイラに何かする理由なんてないのよ。
あたしを疑いの目で見ないで。
シンディーレイラを誘拐したりしていないわ。
まして隠者を雇うなんて…そんな伝手あるわけないじゃない!
リシャーナ、あなた具合がわるかったんじゃないの?
「クリミナ、あなたシンディーレイラをどこへやったの?」
悲壮な表情を浮かべるリシャーナの目に浮かぶのは嘲りと……嫉妬?
公爵家の護衛も、周りの人間も何を信じていいのかと戸惑っている。
凄まじい威圧感のラファエル侯爵は嘘は許さないといった眼差しをあたしとリシャーナに向けている。
片や侯爵家出身の侯爵夫人、片や貧乏男爵家出身の伯爵夫人。
残念ながらあたしに疑いの目が傾くのに時間はかからないのでしょうね。
せめてもの救いはフレディーが一瞬もあたしを疑わないことかしら。
彼が信じてくれるならきっと大丈夫ね。




