4.魔法使いは友達。
「ねぇ、これ預かってくれない?」
挨拶もそこそこに私が招待状を託したのは八百屋の娘のリタだ。茶色くて真っすぐな髪の毛は年頃の女の子には珍しく短い。快活でさっぱりとした性格と相まってどこか少年のようにも見える。リタは招待状を受け取ると中を覗いて目を丸めた。
「舞踏会の招待状!?どうして無事なの?」
ちなみにリタをはじめ特に仲の良い友人3人は、私が姉様達に何をされているか良く知っている。
「チャールズが機転を利かせてくれたの。」
私は微笑みを深くする。
「へぇ。『灰かぶり』もようやく社交界デビューなのかぁ。」
悪戯っぽい彼女の声に私は首をふった。
「ドレスも無いし、化粧も出来ないのに行ったら不敬罪でつかまっちゃうわよ。それより、りんご3つ下さいな。」
「何がそれよりよ。ドレスやなんかなら昔のをリメイクしてなんとかしたらいいじゃない!はい。銅貨3枚ね。」
「ドレスが何とかなった所で馬車を用意出来ないし。行けないわよ。はい、お世話様。」
「そうなの残念。わかったよ。これ預かっとけばいいのね。まいどあり。」
リタは招待状をエプロンのポケットにしまうとにっと歯を見せて笑った。よろしくねと八百屋を後にする。姉様達に感付かれるといけないから、あんまり長居はできない。
…この時、姉様達の目を盗んで招待状を保管することに成功して、私は有頂天だった。だから、リタの笑みが悪戯っぽさを含んで居ることなんてちっとも気が付かなかったのだ。
夜会当日。
姉様達はこの夜会はいつも以上に気合いがはいっていたらしく、私にあれやこれやと言い付けながらも用意を済ませ、早々に別邸に向け出発した。父と継母と共に城に向かうらしい。わざわざ見送りをさせられた私は、姉達の馬車の御者席から送られてくるチャールズの悔しそうな悲しそうな視線に、小さく笑うしか出来なかった。馬車を見送ってから、のんびりお茶でもしようとお茶菓子を買いに街に出て……私はリタに拉致された。
結論から言おう…私は舞踏会に行けた。
私の話を元にした絵本に有るような、良い魔法使いのお陰ではもちろんない。廃棄のドレスや靴をリメイクしてくれた服屋のマリルと、貸し馬車をタダで手配してくれた宿屋のユユと、男装して御者をしてくれたリタと、髪を結って、化粧を施してしてくれたサーラのお陰だった。リタが皆に声をかけ私に内緒で用意をしてくれていたのだ。魔法に例えられるのもうなずける手際の良さだった。
街でリタに拉致られて、連れて行かれた先はサーラの家だった。サーラの家で着替えた私を見てマリルは大きくうなずいた。
「やっぱり、柔らかい色を選んで正解ね。よく似合うわ。ドレスのこと聞かれたら店の宣伝よろしくね!」
商魂たくましいマリルに苦笑が漏れる。薄い緑のような青の様な不思議な色合いのドレスは私の肌を明るく見せる。元々流行遅れの廃棄品だったなんて微塵も感じさせない出来映えだ。サーラは、ドレスに負けない化粧を施し、預けておいた母の形見からイヤリングとチョーカーを選んでくれる。シルバーにアクアマリンが埋め込まれた花を模したそろいのアクセサリーは成人したばかりの私が着けても違和感が無い。いつもは自分で梳かして紐でまとめるだけの髪も複雑に結い上げられ、後頭部で一つにまとめられた。
「お綺麗ですよ、お嬢様。不埒な輩にはお気をつけて下さいませ。決して暗がりには近づかない様に。」
きっと普通ならば両親がするのだろう注意をサーラがしてくれる。あっと言う間に舞踏会の準備を整えてもらった私は、サーラ家の前に迎えに来ている場違いな馬車に開いた口が塞がらない。
「本当は4頭立てを用意したかったんだけどごめんねぇ。変わりに白馬にしたから許してねぇ。」
とユユがのんびり首をかしげる。2頭の白馬が流麗な模様の施された馬車につながれている。サイズこそ小さめだが、一人で乗るには十分だし、とても繊細な飾りの着いた馬車は品が良く上等だった。タダでこんな立派な物を用意してもらっていいのだろうか。御者の青年の様な姿に化けたリタが馬車に乗るのを手伝ってくれる。
「たくさん顔を売っておいで。周りから声がかかれば、お馬鹿さん達もあんたを隠し続けたりは出来ないだろうから。」
いたずらっ子のようにウインクをするリタに大きくうなずいてから、皆にお礼を告げてドアを閉める。
城に着くと、入り口まではリタがエスコートしてくれた。途中でチャールズとすれ違ったので小さく手を振ると1拍遅れて驚き、それから笑顔でうなずいてくれた。本来で有れば初めての夜会は父か父の用意した誰かにエスコートしてもらえるらしい。ここから先は独りだけれども、友と乳母が完全武装を施してくれたんだから大丈夫だ。緊張はするがしゃんと胸を張って歩く。
こうして初めての夜会の幕が開けた。