32.なぜ?
アデルへ声をかけ忘れたと気付いたのは裏庭に着く寸前だった。
「きっと怒られるわ。」
そう言って肩を落とす私にクリミナはカラリとした笑い声をあげる。
「笑い事じゃないのよ。」
「仲が良くて羨ましいことね。帰ったら私も一緒に謝ってあげるわ。ね、リシャーナ。」
「えぇ。そうね。」
2人の言葉に落ちかけた気分が上がる。
そうこうしているうちに目の前に花畑が広がった。
一面、赤紫色のダリアで埋め尽くされ、花壇の縁や通路が見えない位だった。
少し離れた所を歩く一組の男女は花の上を歩いているかの様だった。
「素晴らしいわね。」
「でしょう。」
「クリミナは昔から知っていたの?」
「まさか、旦那様に教えてもらったのよ。」
あまりの素晴らしさに鳥肌がたつ程なのに、表立っては知られてないのか人は疎らだった。
「これは、見ないと勿体ないわね。」
「えぇ。」
ダリア畑を楽しんでそろそろ戻ろうかと言う頃、リシャーナが裏庭の奥を見つめて
「ハギは本当にもう終わってしまったのかしら。」
と呟いた。
「気になるなら確認しに行きましょうか?」
「せっかくだしね。」
申し訳ないからと遠慮するリシャーナに私達も気になるからと言って、クリミナと先に歩きだした。
私達が歩き出してしまえばリシャーナも着いてくる。
ハギの庭までの道のりもコスモスやカーネーションなど可愛らしい花が目を楽しませてくれる。
しかし、ハギはやはり終わってしまっているのか進む程に人影が無くなっていく。
護衛も、人が少ない場所には疎らにしかいない。
クリミナと夢中で花を見て歩き、ふとリシャーナが一言も発して無いことに気付いた。
振り替えると彼女は忽然と消えている。
「あれ?リシャーナ?」
声を張っても返事がない。
「ついさっきまで一緒にいたのに。」
クリミナも不思議そうだ。
「探しましょうか。」
「えぇ。」
いくら昼間だと言っても、公爵邸の敷地内だと言っても、女性1人で居るのは無防備すぎる。
ましてや私達は下賜姫なのだ。慌てて2人で道を戻ると木の影で座りこんでいるリシャーナを発見した。
「大変!」
「私、人を呼んでくるわ。」
「えぇ、お願い。」
辺りに誰も居ない為、クリミナはドレスの裾を持ち上げて走りだす。
結構な早さだ。
私も同じ様にリシャーナに駆け寄るが、いつもよりたくさん布を使ったスカートが足にまとわりついて、思うように走れない。
足をもつれさせながら、やっとリシャーナの元にたどり着いて、かがみこむ。
その時、私が見たものは冷たい瞳をして、こちらを睨むリシャーナだった。
「リシャーナ?」
戸惑いつつ声をかけると彼女は右手で私を押す。
急に力一杯押されて、私は足をふらつかせた。
尻餅をつくという予想に反して柔らかく受け止められる。
目線の先に男物の靴が移った。
振り向こうとして顔を押さえられた。
声をあげる間もなく意識が混濁する。
何か薬を使われたらしいと思い至った時には目が霞んでいた。
暗転する視界の端でリシャーナの唇が弧を描くのを見た気がした。
なぜ?
そう問うことも許されない。
ちょっと短めでしたが、切りが良いのでここまでにします。




