30.嵐の前の…
その後は特に何事もなく過ぎて行った。
連日の夜会、お茶会で疲れはするものの、どんどん顔なじみが増えていくのは楽しい。
それと比例して、あからさまに下賜姫を侮辱するような輩は居場所が無くなっていくようだった。
へっ…ざまぁみろ。
今日は夫婦でお茶会に来ている。
ロブソン子爵の王都邸で開かれる茶会はこじんまりとしていてアットホームな雰囲気でとても和む。
アデルが男性陣と情報交換をしている時に、私はご婦人方に領地の特産を広める。
今年はやはり、ガラス細工が一押しだ。
茶会に参加している12人の夫人全員が一つのテーブルの周りに集まっていた。
アンジー叔母様のはからいで、私は持ってきていたガラス細工を皆に見てもらっている。
「ガラスってこんな風になるのね。」
「食器や窓だけではないのね。」
テーブルに置かれた色とりどりのガラス細工を手に取りながら、ご婦人方がほうっとため息を吐く。
「こちらのバラなんて、まるで宝石のようよ。」
「私はこちらのリンゴの形をしたものが可愛らしくて好きよ。」
「どう使ったらいいのかしら?」
「あぁ、それは、文鎮なんです。」
時折、商品の説明を加えながら、自由に見て触ってもらう。
この時の対応にもずいぶん慣れた。
最初の頃は言葉に詰まったり、何を言っているかわからなくなったり大変だった。
「まぁ、こんなに可愛らしいのに?」
「たくさんお手紙書きたくなってしまうわね。」
「こちらのガラスの靴もキレイよ。」
「これは小物入れなの?」
「えぇ。こういう風にイヤリングをかけたり、小さなブローチを入れたりするとまたキレイでしょう。」
「あら、本当だわ!」
「ねぇ、奥様のイヤリング、帽子の形ですの?これもガラスで?」
「えぇ。これも試作品ですの。」
「素敵ね。」
「キラキラと宝石のようよ。」
「でも、宝石よりはとてもお安いですから、普段使いにと思って作っていますの。こちらに、他の意匠もございますよ。」
「リンゴの形は色も赤なのね。」
「月の形のものも素敵ね。」
「こちらの猫のシルエットのものも可愛らしいわ。」
アンジー叔母様と同世代のご婦人も、私より年下のご婦人も可愛らしくてきれいなものを目の前にすると、似たり寄ったりの反応だ。
きゃあきゃあと盛り上がってくれるご婦人方に気に入ったものをおひとつどうぞというと、それまで以上に真剣に選んでくれる。
同じお茶会に呼ばれていたソフィアもちゃっかりとお気に入りを確保したようだ。
「王都では雑貨店や宝石商にも取り扱ってもらってますから、ぜひご贔屓に。」
そう締めくくるとほぼ同時に男性陣と話していたアデルが迎えにきた。
屋敷の外に出ると、私はアデルから離れない。
いつも彼の目の届く範囲に居るように心がける。
そうそう同じような事は無いだろうが、気を付けるに越した事は無い。
離れる必要がある時は下賜姫の友人達と一緒に居た。
他にも良くしてくれる人はたくさんいるが、信用できるのは同じ境遇の友人達だった。
友人達も私と同じように考えているようだ。
曰く、それが自衛になるのはお互い様だ、という事らしい。
マクレーン子爵とはあれ以来顔を合わす機会が無い。
あの城での夜会の時に有った事は、彼の一時の気の迷いとして私の中で片付けた。
さっさと終わりにして忘れたいというのが本心だ。
彼のセリフを思い出すと、いつまでたっても腹が立つから。
茶会を辞して馬車で帰宅する途中、アデルは私の顔をみて面白そうに尋ねた。
忙しい社交の季節だが、こうして隙間を見つけては話をするのを楽しみにしている。
「首尾は?」
「上々よ。皆さん喜んでくれたわ。」
私は彼に得意げな表情を向ける。
その様子に微笑んで、私の頭をポンポンと撫でてくれる。
彼のこの仕草が私は好きだ。
子ども扱いされている様で、くすぐったいけれど。
「ガラスのイヤリング流行るかな?」
「夜会には無理かもしれないけれど、昼間のお茶会やちょっとしたパーティーならば大丈夫そうだし、きっと流行るわよ。口コミって結構大事よ。」
「女性の事はティアに任せるよ。君はきっと商売上手だ。」
「うふふ。任せて。明後日のガーデンパーティーにもこのイヤリングつけていくわ。」
「そうか。でもそれは少し待って。」
「あら、いけないの?どうして?」
「家に帰ってからのお楽しみだよ。」
私はアデルの言葉に首をかしげながらもうなずいた。
こういう楽しそうな表情をしている彼に何を聞いても無駄だとわかっている。
きっと、私が驚くような何かが家に待っているのだろう。
家に帰るとアデルの書斎に呼ばれた。
ここで執務をこなす事も多く、重要な書類がたくさんあるため、私がここに呼ばれることは少ない。
この部屋は侍女たちも入るには許可が必要で、掃除などは執事のダンテスがしている。
そんな場所でソファに座らされてお茶を出されても、なんだか緊張してしまう。
私はお茶に手を付けずに、机を探るアデルを見つめた。
アデルは引出から何かを取り出すと、私の隣に座り、膝の上に箱を乗せた。
青いビロード張りの上品な箱で、中身はアクササリーか何かだと思われる。
「開けてごらん。」
そういわれて、箱を手に取り、慎重に開ける。
中に入っていたのはガラスでできたネックレスとイヤリングだった。
ネックレスは透明な青や緑のガラス玉で出来ていて、3連になっている。
中心になるほど大きなガラス玉が配置され、一番中心の3つはガーベラの意匠になっている。
イヤリングは透明な青や緑のガラスの小さな玉をつなげた先に少し青みがかったガラスので出来た小さな花とハイヒール、リボンが付いている。
ハイヒールの足の甲の部分には不思議な色合いの石が埋め込まれていて、色は左右でちがう。
耳に付けると、きっと揺れて光るに違いない。
「これは?」
「ナタリーに特別につくってもらったんだ。」
「イヤリングについている石は?」
「キャッツアイと言ってね、割と安価だけれども一応宝石だ。青にグレーのラインだから君の瞳にぴったりだろう?」
「まぁ。ではこちらが、貴方の瞳の色なのね。」
深い緑に黒いラインが浮かぶ石を見つめる。
月夜の晩のアデルの瞳のようだった。
「嬉しいわ。とってもキレイね。」
「明後日はこれをつけて行ってくれ無いか?」
「もちろんよ。みんなきっと欲しがるわ。」
「これは領地でしか扱ってない商品だからね、社交界が終わったらわが領地に観光に来てもらうといいよ。」
「まぁ、商売上手ね。」
「ティアに負けてはいられないからね。」
私たちは悪戯っ子のような笑顔を見合わせた。
「それにしても、どうしてハイヒールの意匠なの?」
「うん?だって『灰被り姫』にはガラスの靴が必要だろう?」
私はアデルの言葉に目を見張る。
唖然とした顔の私に、彼は満面の笑みを浮かべた。
「旦那様は何でもご存じなのさ。」
次の瞬間、満足そうな旦那様に唇を奪われた。
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