29.ちょっと一息。
「まぁ、マクレーン子爵のご子息がそんなことを?」
「そうなのよ。もうびっくり。」
「びっくりどころの騒ぎじゃないわね。」
「陛下に言って処分してもらえばよかったのよ。」
「いや、それは…実際何かあったわけでないしね。でも彼には気を付けた方が良いわ。」
私の言葉に7人の美女が頷いた。
今日は、マリエッタの家でお茶会をしている。
参加者は下賜された8人のみなので、とても気楽だ。
伯爵の屋敷は王都の南外れに位置し、小さな森を含む広い庭が特徴的だ。
王都には珍しく背の低い屋敷なので、空の広さに目を奪われる。
天候に恵まれたため、小春日和の空の下、庭の東屋でお茶をいただいていた。
すぐ側にはカナンが居て、他の侍女達と共に気配を消して給仕に専念している。
お茶会の話題としては不適切かと思ったが、先日の夜会でのマクレーン子爵の振る舞いを友人達に話した。
目的は私のストレス発散と皆への注意喚起だ。
「腰振って…なんて下品な人なのね。」
「レイチェル、繰り返してはいけないわ。口が腐ってしまう。」
レイチェルのつぶやきを真面目にたしなめたのはマーガレットだ。
普段ならリシャーナやクリミナの役回りなので、私達は珍しい物を見たと目を輝かせる。
「あ、ごめんなさい。私、つい。」
皆の視線にさらされてマーガレットは顔を赤らめた。
「いいのよ。」
「そう、言っている事は正しいもの。」
「少しマーガレットには似合わない言い回しだっただけよね。」
口ぐちのフォローにさらに赤くなりうつむいてしまう。
マーガレットは可愛い。
年齢が一番若い事も有って皆のマスコットだ。
彼女の様子をほのぼのと見守っていると
「それにしても、変ね。」
そうクリミナが言った。
「何が?」
「マクレーンの息子って、私夜会で一緒になったことが有るけれど、そんなそぶりは見えなかったわよ。」
「ただ、シンディーが好みだったんじゃなくて?」
ソフィアが気持ち悪い事を言う。
ジトっと睨むと慌ててごめんなさいと笑った。
そんな私たちのやり取りを余所に、クリミナは続ける。
「そうかもしれないけれど、下賜姫相手にそんなこと言えるようなタイプじゃないっていうか…。」
「まぁ、彼は小物中の小物よね。」
「そうそう、プライドが高い割に意気地がない。」
クリミナの言葉に思い当たる節があるのか、レイチェルとマリエッタが頷いた。
「それに、人妻と遊ぼうってタイプかしら?」
「あぁ、確かに。人妻よりも少女のような子に声かけているイメージだわ。」
「皆、良く見てるのね。」
「あの人、なんだか行動が鼻につくのよ。」
「あ、わかる。」
「まぁまぁ、つまらない男の話はその辺にしましょうよ。」
「そうね。」
リシャーナの苦笑交じりのたしなめに、皆が同意した。
「ま、シンディーはこれからも少し気をつけなきゃね。」
「えぇ。皆も念のため気を付けて。」
そうして話題はファッションについてに切り替わる。
「最近、すこし落ち着いた色が流行りだしたのね。」
「そうね、秋も深まってきたからかしら。」
「そうね、この間、とてもきれいなピンクの生地を見つけたんだけれど、やめちゃったのよ。」
「えぇ、もったいない。」
「だって、流行じゃないし、ピンクって若い子の方が似合うでしょう。」
「ばかねぇ。」
「流行よりも自分に似合うかどうかでしょう。」
「そうそう。マリエッタは可愛い色似合うわよ。」
「マーガレットには負けるわよ。」
「そんな事……」
「ばかねぇ。」
「そこと競っちゃだめよ。」
「そうそう。」
「誰かちょっとくらい否定しなさいよ。」
「そんな、ねぇ。」
「事実は事実よね?」
「私、今度、コーラルピンクのドレス作るわよ。」
「えぇ?本当に。」
「うん。」
「私はサーモンピンクのドレス作るのよ。」
「あら、そうなの?」
「えぇ、じゃあ、もうピンクはだめかな。」
「そういえば、この間の夜会の髪飾りが……」
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女の会話は留まるところを知らない。
くだらない事に笑って、真剣にふざける…そんな時間は楽しい。
旦那様と過ごす幸せな時間とはまた違うけれど、なんとも手放しがたい物がある。
友達と呼べる存在が増えると、いつも思い出すのはリタ達の事だ。
時々手紙や贈り物をやり取りしているけれども、やっぱり会って話したい。
アデルに出会えたのも、こんなにたくさん女友達ができたのも、あの日の夜会に私を送り出してくれた彼女たちのおかげだ。
彼女に今の私を見てもらいたい。
とても幸せなのだ。
きっと喜んでくれる。
「シンディー?どうしたの?」
「ごめんなさい。ぼぉっとしてたわ。」
「また、旦那様の事でも考えていたのでしょう。」
「違うわ。」
「またまたぁ。」
「ラファエル侯爵は男前よね。」
「そう?」
「もちろん自分の旦那様が一番だけれども、顔で言ったらラファエル侯爵は社交界でも5本の指よ。」
「そうねぇ。うちみたいなおじいちゃんとはわけが違うわよね。」
「また、そんな事言って。」
「私好きよ。アディソン伯爵。優しそうで。」
「カルロスは優しいの。でもあげないわ。」
「わかってるわよ。あぁ、もう。ごちそうさま。」
「私はウィンズレット侯爵も好きだなぁ。」
「あ、わかる。男臭いっていうの?」
「そうそう。ワイルドで、なんか全てを任せたくなるわ。」
「漂う威厳と気品が違うわよね。」
「そうそう。年齢の重ね方がうまいのかしら?立っているだけで深みを感じるわよね。」
「リード子爵も気品漂う美男子よね。」
「顔が整い過ぎていて女性的にも見えるわ。」
「それ、本人の前で言ったら大変な事になるわよ。」
「言わないわよ。」
「一度女装してみてくれないかしら。」
「様になるわよね、きっと。」
「もう、ビルの話はしないで。」
「レイチェルはいつもそうねぇ。」
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止まることの無い会話は辺りが茜色に染まるまで続いた。




