27.社交界も悪くは無いが。
始まる前は社交界などごめんだと思っていたけれども、そう悪いものでも無いと感じるようになっていた。
どんなお茶会にいっても、どこの夜会に出ても、下賜された令嬢達の誰かしらと出会うことができた。
アデルバートと別行動になると、少々頭の悪い人たちに下賜のことを揶揄されることも有ったけれど、そんな苦労も共有できる友が居れば大したことは無い。
アデルバートは基本的には私を一人にしない。
彼は分かっているのだろう、下賜された身がどのような扱いを受けるのかを。
一部の人はあからさまに蔑み、多くの人は腫物に触るように扱う。
でも、ごく自然に接してくれる人たちもいて、自然とそういう人たちとの交流が増えていく。
こちらが礼を欠かないように自然に振る舞っていれば、最初は遠巻きに見ていた人たちも次第に大人の対応をとってくれるようになった。
私が侯爵夫人…しかも、爵位が上げられたばかりの、言うなれば旬の侯爵家の者だということで、表だって蔑む人は少なかったのもあるけれど。
アデルバートには言えないけれど、「誰も好き好んで下賜などされた訳では無いのに」と愚痴りあうことが急速に仲間意識を育てるのは言うまでもない。
その愚痴も、最後は誰かの夫自慢で終わるのだから可愛い物だと許してほしい。
「下賜だなんて、どんなところに行かされるのかとひやひやしていたけれど。」
そう言ったのはマリエッタだったかレイチェルだったか。
「私たちは皆ラッキーだったわよね。」
私はこの言葉に大きくうなずいた。
王の勅命で拒否権が無いとは言っても、下賜は姫たちの意向や後見人の勢力、もらう側の好みなど様々な要素を吟味して決められる。
後宮で仲の良かった5人が漏れずに下賜されたのも、私たちが陛下の寵愛に興味を示しておらず、実家もそれほど後宮に固執していなかったというのが大きな理由だろう。
無能が多いという噂の王城だけれども、下賜に関する調整をした役人は良い仕事をしてくれた。
社交界に拒否感が無くなりつつあった私だけれども、王城だけは近づきたくはない。
それでも、どうしても出席しなくてはいけないのが王城での夜会なのだ。
私はラファエル家に着いた初めての夜に着たものと、同じドレスを着ている。
夜会という事で、アクセサリーだけは変えたけれども。
黒く燻した銀で作られた蔦模様の中に、アデルバードの瞳のような、こっくりと光るエメラルドを配置した豪華なものだった。
髪には深い緑色に染めたガラスで作った髪飾りを挿した。
ニーナがくれた新作だ。
領地の特産のアピールも夫人の役目の一つなのだ。
「ティア、とても素敵だよ。」
アデルバードは屋敷の玄関で、私を軽く抱きしめながら褒めてくれた。
「ありがとう。」
「…今日は城だからね、私から離れないで。」
確認するように念を押す彼に私は微笑みを返してうなずいた。
城に着くとすぐに、マーガレットとリシャーナに出会った。
彼女達も今出会ったところだという。
リシャーナの旦那様は背の高い偉丈夫で、鋭い眼光を持つ無口な人だった。
「今日はあまり集まっては悪目立ちしてしまうわね。」
リシャーナはそう言って、早々にその場を離れた。
残ったマーガレットと私も何時もの様に長々とおしゃべりをすることは無く別れることにした。
「またね。」
「えぇ、今度のお茶会楽しみにしているわ。」
「では、サイラス殿失礼します。」
「あぁ、また、次の晩餐会が楽しみですな。」
マーガレットの旦那様は今日も大きな声で快活に笑っている。
「あの噂は本当なのだろうか?」
2人になるとアデルがぽつりとこぼした。
「あの噂?」
「いや、ターナー男爵なんだかな、その…ちょっと変わった趣味をしているという噂があってね。」
「変わった趣味?」
「いや、根も葉も無い噂だからね、ティアは知らなくてもいいんだ。」
アデルはそういうと、少し同情を込めた目でマーガレット達の向かった方角を見た。
「もう、言いかけておいて、気になるじゃない。」
「う~ん。そのうち教えてあげるよ。」
彼はそう言って微笑むと話題を変えてしまった。
あいさつ回りを終えて、飲み物を片手に2人で休んでいると、アデルバードの名を呼ぶ夫人が居た。
「アデルバード!」
白髪の混じり始めたゆったりとウェーブした髪を頭の低い位置でまとめて、藤色のドレスを纏った貴婦人という言葉がとても似合う姥桜だった。
「叔母様、お久しぶりです。」
彼女を振り返って、アデルの笑顔が驚きと嬉しさを惜しげも無く表現している。
「久しぶりね。貴女ったら少しも顔を見せないのだもの。」
「いやぁ、申し訳ないです。」
ひとしきり再会を喜ぶと、アデルは女性を紹介してくれた。
「こちら、ロブソン子爵夫人、母方の叔母だ。」
「アンジェラよ。アンジーって呼んで頂戴。」
叔母といっても、お義母様の弟のお嫁さんらしいが、小さい頃とても世話になった女性らしい。
アンジー叔母様は初めて会った私にも気さくに話しかけてくれて、結婚式をしなかったことをとても残念がってくれた。
ふと会話が途切れた時に、フロアに流れた音楽に叔母様が歓喜した。
「アデルバード、この曲覚えていて?」
「はい。もちろんです。」
「久しぶりに踊りましょうよ。」
そう言ってから私を見て、叔母様は慌てだす。
「あ、ごめんなさい。私ったら考えなしで…新婚さんにごめんなさい。またの機会にしましょう。」
困ったように眉を下げる叔母様がかわいそうで、私はアデルに踊る様に勧めた。
「しかし…。」
「大丈夫。私、ここを動かないから。思い出の曲なんでしょう?」
「…だそうです。叔母様、踊っていただけますか?」
アデルは叔母様の前で恭しくお辞儀をして手を出した。
「えぇ、そんな。…いいの…?」
叔母様は迷った末にすぐ戻るからと言い残してダンスホールへ歩く。
「ごゆっくり。」
私を気にする叔母様に微笑んで手を振った。
2人のダンスは圧巻だった。
息がぴったりで、まるで何日も前から練習していたパートナーみたいに見える。
アドリブだろうかアンジー叔母様は細かくステップが変わるのだけれども、アデルは慌てた様子も無く叔母様を支えている。
後でアデルにダンスを教えたのがアンジー叔母様だったと聞くまでは、本気で彼らはどこかで秘密の特訓をしていたのではないかと疑ったほどだ。
2人のダンスに見惚れていたその時、上の姉様を見つけてしまった。
彼女はダンスホールの脇をこちらの方に向かって歩いてくる。
夫だろうか?同じ年頃の男性と寄り添っている姿はなんとなく安定感みたいなものが感じられる。
このままでは顔を合わすことになる。
幸いまだ気づかれていないようなのでそっと彼女達の進路から離れた。
特に避ける理由もないのだけれど、顔を合わしても気まずいだけだ。
会いたい訳ではないのはお互い様だろう。
おかげで姉様に見つかることはなかったがダンスフロアに居るはずの旦那様を見失ってしまった。
かなり端の方まで来てしまったので、見えないのも仕方のない事だ。
とりあえず、その場で休憩する。
元の場所に戻ると、まだ姉様とすれ違うかもしれない。
ポツンと壁の華に徹していると、声をかけてくる男性がいた。
「こんにちは、お嬢さん。」
最初は私の事ではないと思って無視していたのだが、どうやら彼は私に話しかけているらしいと気づいて返事をする。
「お嬢さんではないのよ。」
「おや、それは失礼。私はロドニー・マクレーンと申します。あなたは?」
「……シンディーレイラ・ラファエルです。」
完璧な礼をもって名乗られては邪険にも扱えず、自己紹介をする。
「ラファエル侯爵夫人でしたか、こんな所で何を?」
「夫を待っているんです。」
どれだけ迷惑だと言外に示しても、彼は引かずに話しかけてくる。
しばらくしてアデルバードが現れないのがわかると、その誘いは露骨になっていく。
「旦那様もどこかでお楽しみ中の様ですし、夫人も私と楽しみませんか?」
「いいえ、結構よ。」
「そうおっしゃらずに、あぁそうだここは少し人が多い、夜風にでも当たりましょう。」
「結構だと言っているでしょう。」
私に触れようとする彼の手を振り払うと、彼はそれまでの慇懃な態度をがらりと変えた。
「上手く侯爵に下賜されたからって、図に乗るなよ。」
薄っぺらい笑みを浮かべた目の前の男性を睨みつけると鼻で笑われる。
「その細い腰振って陛下や侯爵にすり寄ったんだろう?俺にも味見させろって言ってるんだよ。恥かきたくなければ騒ぐな。」
そう言ってもう一度手を引かれた。
あまりの言葉に反応が遅れてしまい、一度握りこまれた腕は取り返せない。
腐っても男性だ。
大声を出して助けを呼んでは侯爵家の恥になるかもしれないと躊躇う内に、バルコニーに連れ出されてしまった。
なぜバルコニーに近い所にいたのかと悔やまれる。
これ以上彼の好きにさせる訳にはいかないと意を決した時、
「おや?」
と聞き覚えのある声がした。
振り返ると、金髪青目の美しい男がそこにいた。
姥桜:うばざくら
今風に言うなら美魔女…ってところでしょうか?
年をとっても美しい女性を表す言葉です。




