25.惚気ているのは誰ですか。
必要なあいさつ回りを終えて、アデルと数曲踊り、彼の友人を紹介してもらって思いのほか楽しく過ごした。
いつかの夜会でダンスに誘ってくれたルドルフとも再会を果たす。
アデルと同じ年の彼は、最近かわいい婚約者ができたようで、頬を緩めて婚約者の素晴らしさを力説してくれた。
初めて会った時の軽薄そうな雰囲気はキレイに消え去っている。
人間変わるものなのだなぁとしみじみ感心してしまった。
この夜会のホストはルドルフの父スチュアート男爵で、アデルの事を実の息子のように可愛がっている人物だった。
同じ貴族でも伯爵以上と子爵以下では身分差が大きいとの認識が一般的だ。
そのため、領地が隣接しているとかで無い限り、交流が有るのはめずらしい。
けれど、2人はそういうものを乗り越えての付き合いの様だ。
楽しそうに語り合う2人を見て、本当の父と子の様だと微笑ましく思う。
彼らは少し仕事の話をしたいからと、私が退屈しない様にルドルフをあてがった。
ルドルフの婚約者自慢を延々と聞かされるのが嫌で、私はダンスに誘う。
彼も心得たもので、人好きのする笑顔を浮かべると、手をひいて導いてくれた。
ダンスは得意では無いけれど楽しい。
流れる背景がキラキラと輝く夜会の絵ならば尚更。
色とりどりのドレスが、目の中で混ざり合うような不思議な光景だ。
アデルと踊ると彼の姿ばかりが目に映って周りを見る余裕がないので、こんな世界が広がっていたのかと新しい発見にワクワクする。
あっという間にダンスを終えると不意に名前を呼ばれた。
辺りを見回すと、見知った顔がこちらを見て微笑んでいる。
「マリエッタ!」
「久しぶりね。」
ルドルフは歓声を上げる私達に気を利かせて、飲み物をとってくると言ってその場を離れた。
「あら、よかったの?」
「良いのよ。」
「旦那様では…無いわよね?」
「えぇ、彼は次期スチュアート男爵よ。そんなことより、元気?」
私達は手を取り合って、お互いをまじまじと見た。
マリエッタは輝く銀髪を耳の後ろで一つに結い上げ、大きな瞳に合わせた紫色のドレスを着ていた。
今流行の腰からふんわり広がるスカートでは無くて、体に沿ったタイトなシルエットのドレスだ。
スレンダーで背の高い彼女には良く似合う。
首や耳を飾る宝石は黒で纏められていて上品だ。
それにしても、この半年の間にずいぶん婀娜っぽくなったものだ。
彼女は家督を継いだばかりの、ホワイトリー伯爵に下賜されたと聞いている。
「元気よ。シンディーも元気そうね。侯爵様とは仲良くやってるの?」
「えぇ、おかげ様で。今はスチュアート男爵とおしゃべりしているから、後で紹介するわ。マリエッタは?」
「私もまずまずよ。今日も旦那と一緒なんだけど、ちょっとはぐれちゃったみたいで。どこで迷子になっている事やら…。」
そう言って辺りを見回すと、まだ少年と言ってもいいような雰囲気のヒョロリと背の高い青年が慌ててこちらに向かっていた。
「あら、見つかったわ。」
青年を見て、マリエッタがぽつりとつぶやく。
「マリー。」
「セドリック、どこに行ってたの?」
「いや、それはこっちのセリフなんだけど…。」
「まぁ良いわ。こちらシンディーレイラ。…ラファエル侯爵夫人よ。」
マリエッタの様子に心の中で苦笑しつつ青年に向かって微笑みかける。
「セドリック・ホワイトリーです。」
青年は慌てて微笑み返してくれた。
「セドリック、私喉が渇いたの。何か持ってきてくれない?」
やっと見つけたのに…と半分泣きそうな青年の背中を見送る。
「なんと言うか…可愛らしい人ね。」
「言葉を選ばなくてもいいのよ?」
「じゃあ、お言葉に甘えるけど…犯罪?」
「バカ言わないで、成人した18歳の大人の男よ。あれでも。」
マリエッタは言葉を選ぶなと言いながらも、私の突っ込みにじっとりとした流し目をよこした。
「あれって…。ずいぶん厳しいじゃないの?」
「良いのよ。これまでパパとママに甘やかされてきたんだから。しっかりしてもらわなくっちゃ。」
私は堪えきれなくて声を上げて笑ってしまう。
慌てて手で口元を隠す。
いけないいけない。
後宮のはずれに居た頃のノリに戻ってしまった。
あの頃は人目が無かったとはいえ、私たちはずいぶんお行儀の悪い姫だったものだ。
「それはまた、あっという間にお尻に敷いちゃったのね。」
私は少し声のトーンを落とした。
マリエッタもそれに習う。
「私が悪いんじゃないわよ。彼がお尻の下に敷かれに来るのよ。」
「マリエッタが強すぎるのよ。」
「そうなのかしら?でも彼にはもっと男らしくなってほしいわ。」
こんな事を言っているが、マリエッタを下賜されているという事は、彼は戦果を挙げたということだ。
「でも、彼も戦争に行ったんでしょ?弱い人には無理だわ。」
「そうね。…見込みは有るのよ。」
マリエッタは少し硬い表情になってそんな所で男らしくしなくても良いのにと呟いた。
なんだかんだと言いつつ、絆されているのが窺える。
「戦争なんかで功績上げたばっかりに、こんなおばさん押し付けられて、かわいそうね。」
マリエッタは眉でハの字を描くと、私に向かって小さく微笑む。
彼女は今年26歳になる。
いくら18歳前後で結婚するのが一般的だからって、「こんなおばさん」などと卑下しなければならない年ではない。
「バカなこと言ってないで。姉さん女房って良いって言うじゃない。」
「そうだといいんだけど。まあ、まだ子どもは望めるだろうし、今で良かったと思うわ。」
「そうね。」
「のんびりもしてられないからね。子どもの4人や5人、産んでみせるわよ。」
「あら、子だくさんね。」
「一人っ子だったら絶対甘やかしちゃうもの。兄弟はたくさんの方が楽しいしね。」
そう言って彼女は相変わらずのカラリとした笑みを浮かべた。
マリエッタと近況報告を続けていると、目の端に見知った影を見つけた。
「あら。」
「マーガレットだわ。」
旦那様と腕を組んでフロアを歩いてくるのはマーガレットだった。
鮮やかなオレンジ色のフリルや花飾りがふんだんに取り付けられたゴージャスなドレスや、自前の癖を生かして緩やかに結い上げた茶色い髪型はとても華やかだ。
だけど、マーガレットはなぜか疲れた顔を隠せていない。
隣で満面の笑みを浮かべる旦那様がマーガレットの顔色の悪さを引き立ててしまっている。
「どうかしたのかしら?」
マリエッタも様子がおかしい事に気づいたらしく、2人で顔を見合わせながら首をかしげた。
頭にいっぱい疑問符をつけたまま、マーガレットに手を振った。




