24.侯爵夫人の友達。
私の旦那様は男前だ。
黒髪に縁取られた瓜実顔、その中に整ったパーツがちりばめられている。
今は一見冷たそうな切れ長の目を穏やかに細め、厚みのない涼やかな唇に微笑みを讃えている。
緑色の瞳はシャンデリアを反射してキラキラと輝く。
私はそんな彼を盗み見ては心の中で賞賛を惜しまない。
彼は正装に身を包んでいる。
隙のない笑顔にお似合いの黒の詰襟に金の飾りボタン、左胸には数々の勲章。
私が下賜された時の戦功の勲章も彼の胸を飾る。
名誉だか何だか知らないが、こんなものはこれ以上増えなくていい。
彼はそこに居るだけで価値が有る…少なくとも、私にとっては。
夏が過ぎ、社交の季節がやってきた。
秋が深まりつつある、田畑では収穫の終わったこの季節、国中の貴族が王都に集まる。
社交にそれほど頓着しない彼だが、領地に引きこもりっぱなしという訳にもいかない。
出るべきいくつかの夜会や集会に参加するため、2人で王都の屋敷に滞在していた。
私もできれば陛下をはじめとする城の関係者に会いたくないので社交界など出たくないのだが、侯爵夫人ともなれば、そう我儘も言えない。
彼や彼の友人は心得たもので、ここまでは特に不快な思いをせず、過ごせている。
下賜など表向きは類稀なる名誉という事になっているが、要はお下がりだ。
アデルは私にそんな負い目を感じさせないが、口さがない人が裏で何を言っているか分かったものでは無い。
特に、庶民の中ではそうでもないにしても、貴族には処女神話が蔓延している。
貴族の女性は結婚まで純白を守らなくてはいけないと言った風潮の中で、未亡人の再婚や下賜は質の悪い噂の的だった。
同時に何人の女性を相手にしたかというのが自慢になるのだから、男と言うものは分からない。
といっても、私の旦那様はそういう輩とは一線を画しているのだから、いいのだ。
気にならない。
先の戦争で褒章として下賜された令嬢は私を含めて8人。
彼女達とも、この秋に再会を果たした。
「エレノアっ!」
「まぁ、シンディー!久しぶりね。元気だった?」
彼女は相変わらず子リスの様な可愛らしくも落ち着きのない仕草で私と軽く抱き合った。
髪色に合わせた薄い黄色のドレスが花の様に広がって揺れる。
「元気よ。貴女は?」
「私も見ての通りよ。」
そう言って微笑むエレノアから以前は無かった、たおやかさを感じる。
「夫のアデルバート・ラファエルよ。」
「はじめましてラファエル侯爵。」
「はじめましてアディソン伯爵夫人。」
「あらご存じいただいてますの?」
「アディソン伯爵にはお世話になっているんですよ。」
「でも、シンディーは知らないわよね?紹介させて。」
エレノアは辺りを見回すとパッと笑顔を咲かせて手を挙げる。
「あなた。」
彼女に呼ばれて現われたのは50歳前後の老紳士だった。
「夫のカルロス・アディソンよ。」
白髪と顔に刻まれたシワが年齢を感じさせるが、すっと伸びた背筋や逞しい肩幅からとても鍛えられた肉体の持ち主だと伺える。
「はじめまして、アディソン伯爵…」
挨拶をしながら、5年ほど前に見たある光景を思い出していた。
「はじめまして、ラファエル侯爵夫人。あんまり年寄りなんで驚かれましたかな?」
「いいえ。違いますの。不躾にごめんなさい、5年程前に伯爵様に助けられた事が有りますの。」
「はて?」
「知り合いだったの?」
目の前の年の差夫婦が小首を傾げる仕草がとても似ていて、目の前の友人が幸せな生活をしているのだろうと感じられる。
「初めての夜会で両親とはぐれて不安な時に、ふと目が合って伯爵が微笑んで下さったの。私それで勇気づけていただきましたのよ。」
私の言葉に伯爵は覚えていないなぁと残念そうに呟く。
「まぁ、あなたそうやって若い女の子をひっかけてるの?」
エレノアが面白がって、すねた振りをすると、伯爵は
「まさか、誤解だよ。」
と困った顔を作った。
「とっても優しそうな笑顔だったのよ。」
エレノアに自慢するように囁くと彼女は満面の笑みで応えた。
「優しそう、じゃなくて、優しいのよ。」
その後も無意識に惚気まくる二人に私とアデルはまた後でと挨拶を残してその場を後にした。
8人の中で一番年の差のある旦那さまの元に行ったのが彼女だったのだけど、心配など全くいらなかったなと思う。
伯爵はエレノアの奔放さや令嬢らしからぬ趣味を受け入れて、さらに楽しんでいるようだった。
それが分かっただけでも、夜会で出会えただけでも、社交界に出たかいがあったというものだ。




