22.静かな好意の成れの果て。
翌朝、昨夜の事を謝ろうと気合いをいれて食堂に向かったが、彼は既に屋敷を出ていた。
数日戻らないと執事のヨルダンに告げられる。
あんまりがっかりした顔をしたのか、痛ましいものを見るような表情で見られる。
その日から、毎日ぼんやりと過ごした。
軽はずみな事をしたと後悔ばかりが押し寄せてきて、ひっきりなしにため息をついた。
彼はなぜ帰らないのだろうか?
思えば、彼の事をあまり知らない。
視察で見せてもらったのはほんの一部で、きっとたくさんの事業を抱えているに違いない。
または、彼には帰る場所がたくさんあるのかもしれない。
どこかそう遠くない所に彼を待っている女性が居てもおかしくない。
そう思うとちくりと心が痛む。
あぁ、私は独占欲とか嫉妬とかいうものとは無縁なのだと思っていた。
後宮での燃えるような恋は、他の女の影がちらついた途端、跡形も無く消え去ったのに。
最近自覚したアデルへの静かな好意は消えるどころか、時間がたつにつれて大きくなっていくようだった。
これが、愛情とか恋慕と表現される甘やかな感情の成れの果てなのだろうか。
そう思うと、愛情とは恐ろしい感情だった。
いっそ家を出ようか。
ままならない自分の感情が恐ろしくて、逃げたかった。
悪い考えは渦を巻いて深みへ深みへと私を誘う。
カナンが気分転換にと庭に誘ってくれても、珍しいお茶を入れてくれても、好きなお菓子を用意してくれても、気分は晴れない。
ぼーっと日々を過ごして数日後、明日帰るとメッセージの入った花束が届いた。
私が好きなオレンジ色のガーベラ。
彼に教えた事があっただろうか?
彼の気遣いが息苦しくそして嬉しい。
相反する気持ちが一度に溢れて私はぐちゃぐちゃだった。
翌朝。
彼を迎える為にいつもより少しだけ慌ただしい屋敷を尻目に私はソファーに座って、じっと目を閉じていた。
一晩眠ってから部屋に飾られたガーベラを見てみると、沸き上がるのは……怒りだった。
その怒りを鎮めるために目を閉じるが、あまり効果は無い。
心の中に蠢いていた後悔や嫉妬や焦燥は、怒りという突破口を見出したようだった。
確かに私は下賜された仮初めの妻かもしれないが、アデルのどっちつかずの態度は何なのだ。
彼の態度が私を振り回すのだ。
興味が無いなら捨て置けばいい、それなのに気まぐれに優しい態度をとるから期待してしまったではないか。
好きだと思ってしまったではないか。
人をもてあそぶのもいい加減にしたらどうなのだ。
いくら悪役が似合う冷たい目を持っているからと言って、なんでも許される訳ではない。
やって良い事と悪い事があるだろう。
2人で過ごす時間は、彼にとっては暇潰しの一つかもしれないが、私にとっては…。
…私にとっては幸せな時間だったのだ。




