21.病み上がりの恋煩い。
3日も経つと殆ど熱は下がったが、1週間は安静にせよとアデルから厳命が下り、庭どころかバルコニーにも出してもらえなかった。
私の隣には絶えず誰かが控えていて、お手洗いに行く以外はベッドから降ろしてもらえない。
やっとお風呂に浸からせてもらえた5日目は調子に乗って長湯しすぎてフラフラになり、カナンに大目玉をくらった。
6日目にやっと部屋の中は自由に動けるようになったが、何かと手厚い侍女達に呆れを通り越して若干引いてしまう。
頭も体もすっきりし、やることが無いと、見舞いに来た時のアデルの様子がよみがえる。
恥ずかしくて顔が赤くなってしまい、カナンに余計な心配をかけてしまうということを繰り返した。
熱が下がってからというものアデルを見ていないので余計に恥ずかしさが増しているのだ。
寝込んだ日の夜とその3日後の夜、他には誰も居ない時間に彼はひっそりと見舞に来た。
私はやっぱりお茶も出せないまま彼を迎えたのだが、彼は少し話すと後は黙って私が眠るのを待つ。
目を閉じてから指先に感じる柔らかな感触はたくさんの労わりと愛情が込められているように感じた。
私は彼を好きだと感じたが、彼もそうなのだと思っていいのだろうか?
彼が私を大切にしてくれるのが愛情故のものだという確信がほしい。
それは贅沢すぎるだろうか?
アデルの態度を調子に乗って都合よく解釈してしまいそうな自分がいる。
恋は盲目なのだ。
気を付けないといけない。
私1週間の安静が終わっても、私は一人でヤキモキしている。
ここ数日、アデルと会っていないのだ。
と執事が彼からの伝言をもってきた。
今日も遅くなる。
今夜も一人で夕食をとる事になった。
彼は忙しい。
前は気にらならかった一人での夕食がとても侘しく思えた。
味気ない夕食をとり終えて、ゆっくりとお風呂に浸かった後、身支度を整えると寝室に入った。
ベッドに入っても、なかなか眠れずにぼんやりと月を見上げる。
カナンを呼んでお茶でも入れてもらおうかと思い始めた時、カチリと小さな音を立てて扉が開いた。
ろうそくの灯りに人影が揺れる。
足音を立てずに近寄る影に声をかける。
「起きていたのか。」
アデルはベッドに腰をかけてこちらを向く。
「お帰りなさい。お出迎えもせず…。」
「いいんだ。先に休むようにといっただろう?」
謝ろうとした私に彼はやんわりと微笑んだ。
今日は満月だ。
月明かりがとても近い所に有る。
眠れなかったのよとつぶやくと労るように髪を撫でられた。
思わず彼の手をとると、右頬を寄せた。
彼の美しい指先に似合わず、手のひらは剣を握るために皮が厚くなっている。
この手に引かれて山を歩いたことを思い出す。
数日前の事なのに、とても昔の事の様に思えた。
とても温かで、頼りになる手だった。
思わず手のひらに唇を寄せるとアデルが勢い良く手をひいた。
振り払うような勢いに驚いて彼を見る。
「アデル…?」
とても傷ついたような顔の彼を見つけて、何か失敗したのだとようやく気付いた。
「君は、…私の気も知らないで…」
眉間にシワを寄せて退室する彼の背が涙でにじむ。
あぁ、また彼に不快な思いをさせてしまった。
しかも、今度もまたお茶すら勧められなかった。
彼の優しさを勘違いしてしまったのだ。
忘れてはいけなかったのだ。
私は下賜された身、私を蔑ろにするのは王を蔑ろにする行為と捉えられる。
彼は私を無下にすることはできないのだ。
後から後からこぼれる涙がちっとも止められなかった。




