20.似た者夫婦。
部屋に戻った途端、ソファに倒れ込んだ私を見て、カナンが小さく悲鳴を上げた。
彼女の小さく柔らかい手が額に当てられると気持ちよかった。
「奥様、ひどい熱です。」
「ん?大丈夫よ。」
「そんなわけありませんっ!」
どこかで聞いたような会話をしていると、身支度を整えられて、あっという間にベッドに放り込まれた。
「カナン、私お風呂に…。」
「なりません。」
楽しみにしていたお風呂を禁じられてうなだれる。
視察の間、ゆったり浸かれるタイプのお風呂が無かったのだ。
本当に楽しみにしていたのに。
「熱がさがったらいくらでも入れますから、今は我慢してください。」
カナンはそういうとメイに医者の手配を指示して、飲み物を用意してくれた。
温かくトロリとした飲み物は蜂蜜と生姜のにおいがした。
それをゆっくり飲んで、胃の中から温められると、直ぐに眠気がやってきた。
自分で思っているよりも疲れているらしい。
しばらくののち、医者がやってきたのか人の話し声がして、布団がめくられる。
ゾクリと寒気が走って、瞼を開けようとするがどう開けたらいいのか分からなかった。
自分の息をする音が耳元で響いて、人の話し声が遠くに聞こえる。
体の感覚も膜を張ったようにぼんやりとしていた。
アデルバートに会いたい。
脈絡無く、そう思うと、大きな手のひらが頭を撫でてくれる。
その感覚に安心して、再びベッドに沈み込んだ。
目を開けると、部屋の中は真っ暗だった。
いつの間にか夜になってしまったらしい。
「アデル。」
ベッドの脇に腰を掛ける人影に声をかけると、びっくりするほどかすれた音が聞こえた。
「起こしてしまったか?」
気遣わしげな彼に小さく首を振った。
「疲れが出たようだ。2、3日ゆっくり休めば元気になると医者が言っていた。」
大丈夫だと伝えたくて微笑むと、彼も微笑もうとしてくれる。
この間、ここで彼を怒らせた夜から、もし次に彼が私の部屋を訪れる機会が有れば、お酒かお茶を勧めようと心にきめていた。
なのに私の体は思う様に動かないし、夜も更けてカナンも側に居ないようだった。
なんだかすごく悔しくなるけれど、眉間に皺をよせるくらいしかできない。
眉間のしわを勘違いしたのか、私よりも苦しそうな表情になったアデルが申し訳なさそうに口を開く。
「無理をさせてしまったね。」
「いいえ。楽しかったわ。また連れて行ってくれますか?」
そういうと困ったような微笑みと肯定が返ってきた。
かすれた声は私の喜びをこれっぽっちも伝えてくれない。
楽しかったし、嬉しかった。
あなたの隣に立てることを、あなたと共に歩めることを、こんなにも幸せに感じるなんて思いもしなかった。
伝えたい思いばかりが闇の中を埋めていく。
「今はゆっくり休みなさい。…飲むか?」
そう言ってグラスを見せられて急に喉の渇きを自覚する。
直ぐにうなずいて体を起こそうとするが、力がはいらず、枕に顔をうずめた。
そんな私をみてアデルはグラスをゆっくり傾ける。
あぁ、私の飲んじゃった…。
そう思っているとアデルの顔が近づいてくる。
もうこれ以上近づけないという所まで来ると、唇に潤いを感じる。
半ば反射的に唇を開くと、喉がコクリとなった。
口移しで飲ませてもらっている事に気づいたのは、同じ事を3度ほど繰り返した後だった。
「もういいの?」
気づいて慌てる私をよそに、アデルは飄々としたものだ。
「うつったらどうするの。」
すこし睨んで彼を見ると、彼は一瞬呆れた顔をしてから微笑んだ。
…3回も飲んでからいう事でないのは重々承知だ。
「大丈夫だよ。…声がさっきよりもマシになったね。」
そういわれて、喉が潤った事に改めてお礼を言った。
「さぁ、ゆっくりお休み。」
彼の言葉に素直に目を閉じる。
アデルは私の手をとり、そっと指先に口付けた。




