19.手に入れた物。
デュークは出発した次の日の朝には町から医者を引っ張ってきた。
かなり無理やり急かされて連れてこられたらしい壮年の医師はぶつぶつ言いながらも的確な治療をしてくれた。
村の薬師とも顔見知りの様で、2人で良く効く薬を調合してくれたようだった。
彼らの薬で、痣は日に日に小さく目立たなくなっていく。
病人食を作ったり、体をふいたり、着替えを洗ったり。
村の小屋の中でアデルの看病をしていると、自分たちが貴族だと言う事や、視察の途中だという事を忘れそうになる。
家の周りの護衛達の野営を目に入れなければ、庶民の暮らしとなんら変わりが無い。
私が細々とした掃除や、家の外で家事をすることにアグリは目くじらを立てて怒ったりしたけれど、3日もすると何も言われなくなった。
彼女もけが人の世話をしたり、食事を用意したりで忙しかったし、怒っても効果が無い事が分かったのだろう。
姉様達に虐められていた時の経験がここまで役に立つとは思わなかった。
もし、私が普通のご令嬢であったならば、アデルの看病どころか、こんな小さな家では1日だって過ごせなかっただろう。
でも、私は自分の面倒も見られるし、彼の為にできることがある。
必要ないとわかっていても、感謝せずにはいられない。
3日たって熱のほとんどさがったアデルは、時々起きてはもう大丈夫だからと繰り返す。
それを諌めるのは看病するより大変だった。
一人でいると起き出してしまう彼の為に、私はできる限り彼の隣で時間をすごす。
「ティア。」
「起きたの?」
「あぁ、結構寝ていたか?」
「いいえ、1刻ほどよ。もう少し眠れば?」
「いや…寝すぎて背中が痛い。」
「あらあら。すこしほぐしましょうか?」
「すまない。」
アデルは体を起こすと、背中を向けた。
私は背中をゆっくりほぐす。
肩の傷には触らないようにゆっくりと。
「迷惑かけたな。」
「ほんの数日よ。楽しかったし。」
「そう?」
「えぇ、あなた体が言う事利かないと、とたんに子どもみたいになるんだもの。」
そうかぁ、と頭を掻くアデルと穏やかな時間を楽しむ。
日常にもどれば、きっとこんな風には過ごせない。
彼はとても忙しい人だから。
5日ほどたつと、肩の腫れもすっかり引いて、動かす時の違和感も無いようだった。
「明日、発とう。」
彼がそういった時、肩の荷がとても重かったことに気付いた。
軽くなった肩はすこし寂しい気もするけれど…。
その日、彼は村を歩いてはお礼を言ったり、護衛に命じて村の力仕事を手伝ったりしていた。
私達が泊まった山小屋の持ち主もこの村の住人だという事が分かり、お酒を勝手に拝借したことを詫びることもできた。
村人たちがささやかな快気祝い兼お別れ会を開いてくれて、私にお酒を禁じられたアデルの恨めしそうな顔をみんなで笑った。
この先の町への視察は改めてという事になり、私たちは寄り道をせず屋敷に戻ることにした。
寄り道をしなければ、1日で着く距離だ。
国境の山へ向かう為長々と続く緩やかな上り坂を行く旅になるのだが荷物を軽くしたおかげか、村でゆっくり休んだおかげか、馬たちはがんばってくれた。
そうそう、デュークのことだ。
彼が見習いという立場になったことをアデルに言うとアデルはそれはもう面白がった。
いつもなら、必要最低限のことしか命じないアデルだが、屋敷までの旅の中でこれでもかとデュークをこき使った。
やれ足が痛いだの、やれ喉が渇いただの、休憩の度にデュークに雑用を言いつける。
その顔にニヤニヤと性質の悪い笑みを浮かべながら。
休憩の度にあっちへこっちへと走らされるデュークを見て、最初は遠慮がちだった隊員たちも、終いには腹を抱えて笑っていた。
アデルはデュークをからかうことで、私の判断を認めつつ、隊員の気まずさを和らげてくれたのだった。
「これから人の上に立つんだからな、一番下っ端だった頃の気持ちを忘れるな。」
屋敷に着いて解散までの間に、そういわれたデュークの唖然とした顔を見て、マーカスが慰めるように肩を叩いていた。
日差しが和らいだ夕暮れ前の前庭には賑やかな笑い声が上がった。
カナンやニーナが呆れたようにこちらを眺めている。
「ただいま。」
私は、そう言える場所を手に入れたのか。
この屋敷が私の帰る場所なのだ。
やっと視察の話終わりました。
ティアもアデルもお疲れ様でした。




