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「めでたし、めでたし。」じゃ終れないっ!  作者: 律子
第3章:物語は舞台を変える
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18.後悔なんて役に立たない。

熱い…。


触れた頬が異常に熱いことに気付いた。

私はあわてて、彼のおでこや首を触る。

どこもかしこも熱かった。


熱が有るようだ…かなりの高熱に思える。


「ティア?」

うっすらと目を開けたアデルが私を呼ぶけれども、何時もの穏やかなテノールではなかった。

「アデル、あなたひどい熱よ?」

「大丈夫だ。」

「そんなはずないわ。」

起き上がろうとして、でもふらりと体が傾くアデルをソファーに押し留めて、慌てて外に飛び出すとアグリとデュークを呼ぶ。

彼女らはアデルの状況を確認すると、それぞれに慌ただしくけれども的確に動き出す。

デュークが医者を呼びに走り、アグリが他の護衛に手伝わせて、アデルを手早く清めると寝室に運んだ。

途中、アデルが大丈夫だからと自ら動こうとするのを叱咤しながら。


私も駄々をこねているとしか言い様の無い状態のアデルを宥めながら、アグリを手伝う。


手伝って、アデルの肩に大きなアザを見つけた。

熱をもって赤黒く腫れていた。

彼の彫刻のような均整のとれた体の中で、そこだけ作風の違うオブジェが紛れ込んでしまったかのような異質なアザ。


こんなに大きな怪我をしているなんて、ちっとも気付かなかった。

こんな状態の彼にもたれて眠っていたなんて…と自己嫌悪が渦をまく。


村に医者は居なかったので薬師が呼ばれた。

反対側の村の外れに住む、薬師のお婆さんをデュークが担ぐようにして連れてきた。

薬師はベッドに沈み込むアデルの脈をとったり、舌や目をみたり、腕をどのくらい動かせるか聞いてみたりと丹念に調べてくれる。


私は医者じゃないからと前置きしてから、熱は疲労からくる感冒の症状だろうと言った。

「この薬を飲んで、ゆっくり寝てください。できれば栄養のあるものを食べて、白湯や果実水で水分をとって。ゆっくり休めば2、3日で治ると思いますよ。」

そういって差し出された薬を受け取り、用法を頭に刻む。

「ただ、肩のケガは私には分かりません。できれば、早めに医者にかかってください。」

そう言って、丸薬を差し出す。

「痛み止めです。あまり多用すると効き目が弱まりますから気を付けて。」

皺の刻まれた口元が励ますように笑みをつくる。

年をとって色素が抜け始めたのだろうグレーの目には、労わりの色を浮かべている。

また様子を見に来ると言い残して、薬師はデュークの送るという申し出を断って部屋を後にした。


薬を飲むと、アデルはあっという間に眠ってしまった。

ベッドに沈む彼の額にぬれたタオルを当てながら、深いため息を一つついた。


「もっと早く気付けば…」

「奥様のせいではありません。」

私の呟きにアグリが間髪入れずに返事をくれる。

「奥様が落ち込まれても、旦那さまは良くなりませんわ。」

「…そうね。」

私は密やかに深呼吸をして気持ちを落ち着けた。

アデルが病に臥せっている間は私が視察団の最高責任者となる。

皆に今後の方向性を示さなければならない。


私はその場で目を瞑ると、じっとこれからの事を考えはじめた。

するとデュークがおもむろに私の前で跪くとこうべをたれた。

「今回のお二人の遭難、アデルバード様のお怪我は私の力不足ゆえのこと。ご処分をお願いいたします。」

「デューク!!」

デュークの言葉にアグリの叱咤が飛ぶ。

「あなた、この状況で役割を放りだすつもりですか!!」

「いや、そのようなつもりは…ですが…私が護衛隊長として至らなかった為に…。」

「そのような判断を乞うては、今の奥様にはご負担だと分からないのですか!」

アグリの言葉にデュークが顔をしかめる。

まだまだ言い足りない様子のアグリを制して、私はデュークに向き直った。

「そうね。貴方にはなんらかの責任をとっていただく必要があるかもね。」

「奥様?」

アグリが驚きの声を上げる。

「アグリ、…マーカスを呼んできて。」


私は、この時初めて、「ラファエル家の人間」として使用人の前に立ったのだと思う。

それまでは、「奥様」と呼ばれながらも、ラファエル夫人の部屋を与えられながらも、どこか客人のような気分が抜けないでいた。

ラファエル家に根を張る覚悟、侯爵夫人として人の上に立つ覚悟、私個人としてアデルバートの妻となる覚悟、いろんな覚悟をしないまま、ここまで来てしまった。

こうしてアデルが采配を揮えなくなってはじめて、そんなことに気づく。

暇だのやることがないだの愚痴る前に、好きだの愛してるだのと浮かれる前に、やるべきことがあったのかもしれない。


デュークを見下ろしたまま、待つ事数十秒、アグリがマーカスを連れてきた。

マーカスは今回の護衛隊の副隊長だ。


「マーカス、突然で申し訳ないんだけれども、護衛隊隊長を貴方にお願いするわ。」

突然の申し出に一瞬虚を衝かれたような顔をしたマーカスはしかし直ぐに膝を折った。

「デューク。あなたは隊長を解任します。今回の不始末に関してはアデルの体調が治ってから責任をとっていただきます。それまでは、隊の見習いとして皆の下で働きなさい。」

「…はい。」

無表情で頭をさげるデュークの後ろでアグリが慌てた。

「奥様!お考え直し下さい。」

隊長から見習いへ、彼のプライドは傷つくし、隊のメンバーだって気まずい。

アデルの決めた隊長を勝手に変えては、アデルの信用だって下がってしまうかもしれない。

もちろん、私の評価だって下がるだろう。

私の決定は誰にとってもいいことの無い、無茶なものだと言えるだろう。

でも…

「アグリ、これは私の侯爵夫人としての決定です。否やは認めません。そして決定は覆りません。」

私の表情の無い言葉にアグリは眉をひそめた。


「…デューク。あなたに仕事を与えます。町へ行って医者を呼んできなさい。」

私の言葉に、3人ともがハッと顔をあげる。

「あなたは隊の中で一番早く馬を走らせることができるのでしょう?」

いつかの野宿の晩、アデルが自分の事の様に自慢げに話していた。

剣の腕はもう少しだけれども、速さは誰にも負けないと。

デュークにはこの旅を終えたら小隊長を任せて、速さが売りの隊を作るつもりでいると。

「は、はい。」

「なら、すぐに準備をして発ちなさい。アグリ、準備を手伝ってあげて。何か馬上で食べられる食べ物とお金も必要なだけ持たせて。」

「承知しました。」


バタバタと部屋を出ていくアグリを追って、デュークも私に一礼して踵を返す。

その背中に懺悔を残す。

「無理を言ってごめんなさい。道中気を付けて…頼みます。」

「はいっ。」

デュークはドアの外でもう一度こちらを見て、ガバリとお辞儀をすると迷いの無い視線をくれた。


「…奥様。」

「マーカス…勝手を許して。」

「いえ…正しいご判断だったと存じます。」

アデルよりも年上の無口なこの男が、主従の垣根を越えた発言をするのは珍しい。

それが、何よりも私の背中を押してくれる。

「ありがとう。では、隊には十分休養をとる様に伝えてくれる?2、3日はこの村から動けないだろうから。後ほど、事情を説明しに行きます。」

「はい。差し出がましいようですが、隊員への説明は私が致しましょうか。」

「いいの?」

「はい。」

「…お願いします。」

マーカスは静かにうなずくと、部屋を出てドアを閉めた。


それから、アグリと交代でアデルの看病をする。

アグリは私を休ませたがったが、私は極力アデルの面倒を見たかったのだ。


今回はとっても難産でした。


ストックが切れたので、これから更新スピードが落ちるかもしれません…。

楽しみにしてくださっている方にはお待たせして申し訳ございません。

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