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「めでたし、めでたし。」じゃ終れないっ!  作者: 律子
第1章:物語ができるまで
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2.幸せの前借にはご注意を。

人生の前半は、幸せな思い出しかない。伯爵家の一人娘に産まれて、可愛がられて育った。病弱だが優しく朗らかな母と、愛情深く穏やかな父。お金に困ることも無く、愛に飢えることも無く、今思うとひたすら満ち足りた幼少期だった。


10歳になったある日、母が突然亡くなった。そこから私の人生は変わってしまう。陽だまりの様に暖かでのんびりとした日々は、時間さえも速度を落としていたのに。それと気づいた時には既にあっさりと過ぎ去ってしまっていた。以降の思い出は辛いものが多い。きっとそれまでの10年間で幸せを使いすぎたのだ。どんなものでも借りたものは返さなくてはいけない。前借りしていた幸せを返済するのは少し根気がいる。


母が亡くなってから一番の変化は父が私を見なくなったことだった。その変化を乳母のサーラはどうしようもないと言った。

「お嬢様は奥様によく似てらっしゃるから、旦那様はお辛いんですよ。今は仕方ないんです…きっと時間が解決してくれます。」

だから今はサーラで我慢して下さいと続けて彼女は柔らかい手で頭を撫でてくれた。悲しみに暮れる父をそっとしておきたくて、私も使用人達もひっそりと暮らした。

だから半年後、父がマゼンダを連れて来た時はビックリした。彼のどこに新しい女性と出会うだけの余裕が有ったのか…。そんな感想はさておき、ひっそりと静まりかえっていた屋敷は、新しい母と2人の姉を迎えて次第に慌しく動き始めた。


マゼンダは美人だった。楚々として儚なげな風情だった母とは全く違うタイプだったけれど。三日月形の目に添えられた泣き黒子も、甘ったるい匂いを振りまく熟れた果実の様に艶やかな唇も、ふっくらとドレスを持ち上げる胸も張り出した腰も幼心に衝撃的だった。私は彼女に出会って初めて『妖艶な美女』というのを目の当たりにした。彼女は私用ではなくて父用の人だと思った。10歳の私には上手く言葉に出来なかったけれど、彼女の全ては男を誘惑するために作られていたのだ。

「おまえの新しい母様だよ。」

と父が紹介した時は唖然としていたと思う。姉様達を産んでいるにも関わらずマゼンダには母という言葉があまりに似合わなかった。母としての成分はどこにも見当たらない女性だった。

それでも、彼女はあっと言う間に父との間に男の子を産んだ。赤ん坊はトーマスと名付けられた。これも大人になってから分かった事だけれども、父と再婚した頃には既に3ヶ月を超えていた計算だ。眉をひそめたり、陰険な噂をしたりする使用人も居たようだけど、やはり弟の誕生は屋敷を明るく照らした。父が赤ん坊を抱いて目尻を下げる姿を見て、私はほっとしたのを覚えている。



継母は妖艶な美女だったけれど、彼女の連れて来たローズ姉様とルビー姉様は……失礼を承知でいうなら、そうでもなかった。不細工という訳でも無いけど取り立てて美人でもない。その事に彼女達はコンプレックスを持っていのだと思う。母親が自他とも認める美女なのだから、仕方の無いことかもしれない。そんな彼女らと、はじめはぎこちないながらも、お互い上手くやろうとしてたと思う。一人っ子だった私は姉弟が出来るのが嬉しかったし、甘えられる人が増えると思っていた。

だからどうして疎まれたのか分からない。何か切っ掛けがあったのか、それとも気紛れか、姉2人は私を苛めるようになった。最初は小さい事だった。仲間ハズレにされたり、私物を隠されたり、話し掛けても知らんぷりされたり……そのうち飽きてまた仲良くしてくれるだろうと思っていた。けれど、忙しい父が家を空ける日が続くようになると、彼女達の意地悪はエスカレートしていった。


継母は率先して嫌がらせをする事も無かったが、姉達を叱ることも無かった。姉達の意地悪の所為で段々と身繕いが出来なくなると、使用人と私の見分けがつかなくなったのではないかと思う。彼女は自分自身とトーマス以外にはあまり興味が無い。その点については実の娘も私も変わらなかった。


しいて細かい事を言うならば、姉様達の意地悪を止めてくれと頼んだサーラを、マゼンタはめんどくさいと解雇した。だから、それ以降表立って抗る使用人は居なくなってしまったし、姉様達の意地悪は放置されてしまったのだけれど…。

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