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「めでたし、めでたし。」じゃ終れないっ!  作者: 律子
第3章:物語は舞台を変える
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15.地固まる

いつまでも抱き合っている訳にはいかないので、適当(・・)に切り上げる。

降り続ける雨に頭も気分も冷やされて、馬から落ちてからの一連の流れが恥ずかしくて仕方ない。

それはアデルも同じのようで、お互い立ち上がると目を合わさぬまま手早く身体を確認する。

「怪我や違和感はないか?」

「えぇ。大丈夫。アデルは?」

「問題ない。」

辺りを見回しても護衛の姿どころか、馬さえも見えない。

「皆の所まで戻れるかしら。」

「かなり走ったからな…戻るより下山した方がいいかもしれない。流石に雨の夜に山歩きは危険だ…日暮れ迄になんとかなるといいのだが…」

「とりあえず方向を決めて歩きましょう。」

「あぁ、そうだな。」

うなずくと、アデルは手を差し出した。

私が手を重ねると彼はそれを軽く握り締めて歩き出す。

雨で冷えた手に温かさが心地良い。


途中湧水を見つけて手や顔についた泥を落とすことができた。

しばらく歩くとしだいに日が暮れてくる。

私は時々雨で洗われた木の実をちぎりながら歩く。

これらは食べられるのだ…こんな知識が役に立つ事があるなんて。

人生とは何がどう転ぶかわからない。

歩いても歩いても、護衛も山道も見つからない。

もちろん、そう簡単に麓に降りられる訳もない。

いつの間にか雷は鳴るのをやめている。

辺りは雨が木々を叩く音と、木の葉の擦れる音と、鳥の鳴く声で埋めつくされていた。

不意に、アデルが口を開く。

「ティア、木登りはしたこと有る?」

「あるわ。」

「あるのか?」

私の返事が予想外だったのかアデルが思わず…といったようすで目を見開いた。

自分で聞いておいて驚きすぎだ。

「あるわ。小さい頃だけど。いけない?」

「いや……それは良かった。」

「急に何の話なの?」

「もし、野宿することになったら、木の上で休もうかと思ってね。」

「木の上で?」

「あぁ、獣よけになる物がないからな。狼の群れにでも囲まれたらたまらない。」

「なるほど。きっと木に登るくらいはなんとかなるわ。狼とは戦えないけれど。」

「それで十分だ。」

彼はニヤリと微笑むと口の中で「お転婆だったんだな」とつぶやいた。

聞こえてますけど?失敬な。

私は片眉を上げると彼をジロリと睨む。


そうこうしている内に、いよいよ暗くなってきた。

雨は少し小降りになってきたが、月も星も期待できない。

方向を確認する術がないままこれ以上歩き続けるのは無駄かもしれない。

いよいよ野宿を覚悟したその時、急にアデルが進む向きを変える。

「アデル?」

「山小屋だ。」

彼の示す先を見ると、小さな赤い屋根の山小屋が木の間に顔を出していた。

「あそこで一晩明かそう。これ以上やみくもに歩き回っても無駄だろう。」



山小屋に入ると、思った以上に綺麗だった。

山火事を警戒してか、火を起こせるようなものは何もなかった。

ただ、毛布が数枚置いてあったので、それを借りることにする。

「濡れたもの脱いで。毛布にくるまって。外で待ってるから用意ができたら声をかけて。」

そう言って出て行こうとするアデルを呼び止めた。

「アデルバート。あなたも早く体を乾かした方がいいわ。夏とはいえ風邪をひいてしまうわ。私は構わないから…そうね、背中あわせで着替えましょう。お互いに合図するまで、振り返らなければいいのよ。」

彼は一瞬何か言いたそうに口を開いたが、ため息をついてドアの前で私に背を向けて服を脱ぎ始めた。


私も彼に背を向けて、服を脱いでいく。

結局、腰に巻いている小さな下着以外はすべて濡れていた。

雨除けのマントに至っては軽く押しただけで水が滲み出てくるほどだった。

手早く比較的汚れの少ない洋服で髪と体をふくと、毛布を肩から被った。

膝の辺りまでをすっぽり覆うと毛布の温かさに、すっかり体が冷えていたことを実感する。

「できたわ。」

「私も終わった。」

そうして振り向くと、同じような格好のアデルがいて、私は思わず噴き出した。

そんな私の様子を憮然と見ている彼に謝ってから彼の手を取る。


「アデル…いえ、アデルバート様。ありがとうございました。」

「ティア?」

「あなたのおかげで、こうして無事でいられました。」

「いや。」

「助けてくれてありがとう。」

「あぁ。」

着替えながら、お礼を言い忘れていたことに気付いた。

私は案外こういうことはキチンとしなければ気が済まない性質なのだ。

「でも…これから先、無茶はなさらないでください。貴方が私を心配してくださるように、私もアデルバート様の無事を祈っているのです。」

「…アデル。」

「はい?」

「アデルでいい。」

そういうと彼は薄暗がりの中で恥ずかしそうに笑った。

私も微笑むと、手を放した。

今日はなんだか、恥ずかしい事が多い日だ。


そのままお互い照れている訳にもいかず、濡れた服を彼が外で絞ってきてくれたので、小屋の中にロープを張って干す。

「手馴れているんだな。」

彼の関心したような声にフフフと笑って濡れていない床に座った。

アデルも私の隣に腰をおろした。

彼の手の中にビンが握られている。

「それは?」

「酒だ。そこの棚に置いてあった。」

そういいながら、早速ビンを傾けている。

「あらあら、勝手に飲んでしまって…」

「山を降りたら弁償するさ。ティアもどうだ?」

「いただきます。」

私もアデルバートからビンを受け取って口をつけた。

強いお酒なのだろう、口、喉、胃とお酒が滑り落ちていくのが手に取るように分かる。

お酒を交互に飲みながら途中で集めた木の実を2人で摘んだ。

「この木の実が食べれる事を良く知っていたね。」

「小さい頃、母に教えて貰いました。」

「病弱な方だったと聞いているけれども」

「そうですね。でも、快活な女性だったと思います。家の中に閉じこもるのが嫌いで、しょっちゅう屋敷の隣の森へ散歩に行きました。」

「その時に?」

「はい。食べられる木の実やキノコをたくさん教えてくれました。母が何故詳しかったのかは知りませんが、小鳥の種類や薬草なんかの知識も有ったようでしたよ。」

昔語りに花が咲いてしまった。

サーラが解雇されてから、母との思い出を話す機会など無かったのだ。



読んでいただいてありがとうございます。

評価・感想、お気に入り登録など、いつも励みになっています。


これからも、ボチボチ投稿していきますので、よろしくお願いいたします。


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