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「めでたし、めでたし。」じゃ終れないっ!  作者: 律子
第3章:物語は舞台を変える
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13.視察の旅で見たものは。

さわやかな青色をした空の下で、視察の旅は続いている。

今日は西の空に子どもの落書きみたいな雲が数個ぽっかりと浮いていた。


ラファエル侯爵の視察団…といっても大仰なものではない。

十数人の護衛を連れただけのこじんまりとした集団だった。

これでも私が居ることで護衛の数は増やされたらしい。

領地の私兵はその多くが今も国境警備に残されているようだ。

「私も弱くは無いんだよ。」

護衛の少なさにびっくりしていた私に侯爵は片目をつぶったのだった。


今回の旅に同行してくれた侍女はアグリだ。

カナンにはこれを機に休暇を取ってもらっている。

私の側を離れることに難色を示していたが、数多くの護衛が私の側にいるこの機会にと説得したらしぶしぶ納得してくれた。

私の旅に合わせて実家に帰ると言っていた。

楽しんでいると良いのだが。


人数の少ない集団は移動スピードも速い。

最初は私に合わせてのんびりとしたものだったが、ある程度馬に乗れることがわかると格段にスピードアップした。

侯爵は寄る場所をいくつか増やしたようだった。


街道整備の現場、孤児院、いくつかの農村といくつかの町、国境沿いの要塞、兵士の宿舎、採掘中の鉱山、様々な場所で彼は沢山の人と話をする。

その場所の責任者だけではなく、労働者や子ども達とも。

私も沢山の人と話をした。

侯爵夫人として礼を尽くしてくれる人、女がでしゃばるなんてと渋面を作る人、一緒に遊んでくれた子ども達、侯爵には言えないんだけれどと内緒話をしてくれたご婦人達…沢山の人と出会えた。

中でも、やはり、ナタリーとの出会いは印象に残っている。


工房に着くと直ぐに侯爵自らナタリーを紹介してくれた。

「はじめまして、シンディーレイラ・S・ラファエルです。あなたがナタリーね。」

「お初にお目にかかります。侯爵夫人。」

「できれば、名を呼んでほしいのだけれども。」

丁寧な礼をとっていたアッシュグレイの髪の女性は驚いて顔をあげる。

「いいんですか?侯爵様?」

「あぁ、いいよ。」

侯爵とナタリーが割とフランクなやり取りをする間柄だというのは聞かされていた。

呼び名こそ侯爵様だが、ガラスの話になると彼にも容赦が無くなるらしい。

山吹色の瞳が面白そうに私を見る。

彼女の話を聞いてから、是非仲良くなりたいと思っていたのだ。

「では、シンディー様とお呼びしても?」

「えぇ、もちろんよ。あなたの作品を王都で見た事が有るの。」

「キーホルダーですか。」

「キーホルダーというの?鍵や鞄に付けると教わったわ。」

「はい。リボンや、花の形を模したものを作っています。」

「とても可愛くて綺麗でしたわ。」

「ありがとうございます。」

私が手放しで彼女の作品を褒めると、照れたようにはにかんで人差し指で頬を掻いた。

「こちらに新作の試作品が有るのですが…」

「まぁ、見せてもらっても?」

「どうぞ。」

王都で見た物はリボンや花の形に模られた平らなガラスだったが、

新作といって見せてもらったものは立体的になっていた。

リボンの結び目やバラの花の花びら1枚1枚がキラキラと輝いている。

「立体的にすると、強度が弱まってしまって…なかなか商品化には至りません。」

「そうね…鍵とぶつかって割れてしまっては危ないものね…。」

「はい。リボンの方は意匠を丸くすることで、なんとか強度が出たのですが、バラは…。」

ナタリーの顔が曇る。

なるほど、新しい商品を作るというのは難しいらしい。

「もったいないわね。このキラキラした乱反射が綺麗なのに。」

「そうなんです。」

落ち込むナタリーが不憫で素人ながら何かできないかと意見を出す。

「…これ、キーホルダーでなくてはいけないの?」

「といいますと?」

「髪留めとか、アクセサリーにしてはどう?それならあまり硬いものとぶつかる心配は無いとおもうんだけど。」

「あぁ、なるほど。」

私の意見に彼女は素直に耳を傾けてくれる。

「あとは、そうね、香水の瓶の蓋にくっつけたり。」

「それ、素敵ですね。」


…侯爵そっちのけで、女同士話が弾む。

彼は少し呆れた様子で、私とナタリーを残し、弟子に話を聞きに行ってしまった。


「花やリボンの他に、あったらいいなと思う意匠はありますか?」

「そうね…月…三日月なんてどう?」

「あぁ、おもしろいですね。でも、それは立体よりも平らな物の方がよさそうですね。」

「あとは…動物とか…日用品も面白いかも。」

「日用品?」

はてと首をかしげると、年相応に見える。

彼女は23歳らしい。

私とそうたいして年齢は変わらないが、12歳から父親に弟子入りしていたらしく、職人歴は11年のベテランだ。

「そうそう、懐中時計とか、シルクハットとか、ハイヒールとか。」

「ふむふむ。ガラスの帽子…ガラスの靴…か。なんかそんな童話ありましたよね。」

「え?」

思わぬ方向に話が向かってしまった。

そんなつもりは無かったのだけれども…。

「たしか、5年くらい前に流行った……『灰かぶり姫』!!その中にガラスの靴ってありましたよねっ。」

「……そうだったかしら?」

彼女の話に内心焦りながら返事をする。

はい、それ書かせたの私です。

あんなに流行るとは思ってもみませんでした。

普通にしていればバレる訳ないし、バレても大した影響はないはずなのに、何故か悪戯が見つかる寸前の子どもの心境だ。

「そうですよ。あぁ、いいわ。絵本シリーズ。」

気分が高揚してきたのか、ナタリーの言葉遣いが崩れている。

私は彼女のテンションの高さに押され気味だ。

「ウサギの時計や魔女のリンゴ、やっぱり最初はガラスの靴だわ!!!」

「あの…ナタリー?」

「シンディー様、ありがとう!!新作を楽しみにして下さい。一番にあなたに贈るわ!」

「え、えぇ。」

ナタリーに大いに気に入られて、工房を後にするのがとても遅くなったのは嬉しい誤算だったということにしておきたい。

アグリと相談して、彼女の作品を侍女達へのお土産にした。


今回の旅でとても印象に残ったことがもう一つある。

私の夫、アデルバート・ラファエル侯爵は民が好き…ということだ。

身分など関係なく、男性も女性も老人も子どもも、彼はそっと寄り添って話をする。

誰だ、彼の目が冷たい印象だなんていった奴は…。


黙っていると冷たそうに見えるのは相変わらずだが、その内実は違うと断言していいだろう。

庶民を物の様に扱ったり、威張り散らしたり、あからさまに蔑んだりする貴族を少なからず見てきた。

そういった特権意識はアルデバート様には無い様だった。

「貴族とは王に頭をたれ、国のため民のためにその身を捧げるべし。」という今は建前と化してしまった不文律を体現しているような人だと思う。

下賜の先が彼の元で良かった。

仕事ぶりを間近で見られて良かった。


彼は尊敬に値する。



色々と実りの多かったアデルバート様との旅も、そろそろ終わってしまう。

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