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「めでたし、めでたし。」じゃ終れないっ!  作者: 律子
第2章:物語が終わったら
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9.お別れはあっさりと。

ある日、珍しく女官長が私の部屋に訪れた。珍しい事もあるもんだとお茶を勧めるが、それを固辞して彼女は立ったまま口を開く。

「陛下からのご通達を届けに参りました。」

渡された手紙の封を切るとぺらっとした紙にラファエル侯爵に下賜されることが決まったと書かれていた。最後には陛下のサインがある。意味がわからず、ぼーっとする私をよそに、女官長は下賜の理由や出立の日時や出立までの段取りを説明すると、深々と礼をして退室した。

「長きに渡ってのお務め、お疲れ様にございました。」

と一言残して。


女官長の話をまとめると…先の戦争での褒賞として私を含め8名の側妃が下賜されることとになった。陛下の勅命なので拒否はできない。今日より2週間後にそれぞれの領地に向けて城を出る。領地までは王宮の騎士団が護衛にあたる。荷物は荷馬車2台までにまとめること。連れて行きたい女官や侍女が居る場合は審査が有るので早めに申し出ること。こう言った具合だ。


私は手の中の書類をもう一度見て、頭の中を整理すると、ゆっくりカナンの方を見た。そこには気遣わしげな表情が有った。

「ラファエル侯爵領って行ったこと有る?」

カナンは首を縦に振って微笑みを浮かべる。

「緑が溢れる美しい土地ですわ。」

カナンの言葉に少し励まされて、私も微笑んだ。

「そうなの。楽しみだわ。貴女はどうする?」

私の質問にカナンは答えない。

「カナンの希望通りにしてあげたいのだけど…」

「だけど…?」

「カナンが居てくれたら、私はきっと侯爵家でも楽しく暮らせるわ。」

私のわがままで連れて行っていいの?そう思いながらも口から出るのは勧誘の言葉だ。もし断られたらきっぱり諦めよう。そんな、初恋をした少年の様な心境の私にカナンは花がほころぶ様な笑顔をくれた。


それから2週間はそれまでにない忙しさだった。大した荷物は無いと思っていたが、5年間で増えた持ち物は結構な量だった。それを大胆に仕分けしていく。ドレスは2着ほどを残してほとんどを売ってしまった。

装飾品や調度品もしかり。ラファエル侯爵領は北の国境に面した領地なので、10日ほどの旅になる。旅に必要な買い物をするべく、1日だけ街へ出ることが許された。侍女のような恰好をしてカナンと共に街に出る。一通り買い物が済むと、護衛の騎士にお願いをして、預けておいた母の形見を受け取る為にサーラの元に向かう。


街の様子はこの5年で少し変わっていた。角にあったパン屋がケーキ屋に変わっていたり、空き地だったところに宿屋が建っていたり。記憶にあったサーラの家の場所は雑貨屋になっている。何度が通りを確認して、場所に間違いが無い事を確かめてから、雑貨屋の中に入ると、30代中盤くらいの女性がいらっしゃいと声をかけてくる。

「こんにちは。」

「何かお探しですか?」

「この辺りに久しぶりに来たもので…こんな可愛らしいお店が有るなんて知らなかったものだから、少し見てもいいかしら。」

「そりゃ、ありがたいね。」

「このお店はいつ頃できたの?」

「去年だよ。戦争が終わってからさ。」

「そうなの。」

「ゆっくり見て行って。」

申し訳程度に店を見回してから出ようとして、店の奥の方にガラスでできた小物の棚を見つけた。

「珍しいわね。ガラスでできた小物なの?」

「お客さんお目が高いね。それは北の領地で作られている工芸品さ。」

「北の?」

「そう…なんていったかな。とにかく、北で作られている物だから、王都ではまだめずらしい。」

「どうやって使うの?」

「鞄やポーチ、家の鍵にくっつけて置く飾りらしいよ。」

「面白いわ。」

「一つどうだい?」

「今日は手持ちが少なくて、また今度にするわ。」

その後、店の片隅にあったクッキーを買って店を出た。記憶を頼りに、通りを変えると、見覚えのある八百屋が見える。思わず走り寄ると、懐かしい顔に出会う。

「リタ!」

「へ?」

喜びのあまり大きな声を出した私をきょとんと見つめてからリタはさらに大きな声で叫んだ。

「え?あんた…どうしたの?…本物??」

「もちろん本物よ。」

リタはすごい勢いで店先に出てくると私に抱きついた。

私は目の端でカナンに大丈夫と合図を送ってからリタと抱き合う。

「どうしているか、ずっと心配してたんだから。」

「ごめんなさい。なかなか出てこれなくて。」

「それにしたって、手紙の一つくらい書けるだろうに。」

「へ?」

「え?」

ひとしきり感動の再会を味わってから、もう一度リタの顔をまじまじと見る。短かった髪が伸びている。背中まである髪を頭の後ろで一つに縛っているだけだが、なんだか全体的に女性らしくなった様に思う。

「手紙、届いてない?何度も書いたのよ?」

「届いてない…。もしかして、そっちにも届いてないの?」

「書いてくれていたの?」

「もちろんさ!」

この5年間全く音沙汰なかったのは、城の不手際だったのかとちょっとほっとした気持ちになる。

「忘れられているのかと思っってたわ。」

「それは、こっちのセリフだから。」

そういって私たちは笑いあった。リタは結婚していて、旦那さんを紹介してくれた。日焼けしていてがっちりした体形の優しそうな男性だった。店を旦那さんに任せて、リタは奥でお茶を出してくれる。私は先ほど買ったクッキーをお土産だと渡した。

おいしいお茶とクッキーをたべながら、リタはこの5年間の出来事を話してくれる。カナンと騎士達は気を利かせてドアの外で気配を消して控えていてくれる。マリルは商人と結婚して、今は街から街への旅の生活をしているらしい。ユユは結婚してから、王都の宿屋を弟夫婦に任せて、南の海の側で宿屋の2号店を開いたとのことだ。ユユには子どもも居て、双子の可愛らしい女の子だと教えてくれた。

私は北の領地に行くことになった事を話した。下賜の事は既に周知の事実なので、リタに話しても問題ない。リタは心配そうにしながらも、良かったのかもと言った。城に一生縛り付けられているよりは幸せなのかもと。私はそうなのかもしれないと頷いた。


サーラに預けてあった物は、リタが預かってくれていた。

「戦争前に慌てて故郷に帰ったんだけど、これはあんたの大事なものだからって。」

リタはそういうと、懐かしい箱を出してくれた。宝石がいくつかと、名前を刺繍したハンカチ、レースでできた華奢な扇子。母手作りのどこかいびつなぬいぐるみや押し花で作ったしおり。他人からみればガラクタのような物も多いが、サーラもリタも大切に保管しておいてくれたらしい。埃も被らず、あの頃のままのようだ。

「ありがとう。」

私はそういうとそっと蓋を閉め、大事に抱えた。そうして、髪止を外すとリタに渡した。驚いて返そうとするリタに無理やり納得させて押し付ける。

「今度こそ手紙届くといいね。」

「届くまで、何度でも書くわ。」

「元気でね。」

「リタもね。」

別れはあっさりと済んだ。決してもう2度と会えない訳ではないのだから。


出立の日、非公式にだが、見送りの式典が行われた。陛下と数人の側近が8人の姫達の前に立つ。驚くべき事に、仲の良かった令嬢達は皆、下賜される姫に選ばれていた。一人ひとり前に呼ばれて、書類と勲章を受け取る。陛下から受け取った勲章を届けるのも私たちの仕事だ。

「行ってしまうのですね。可愛い人。」

勲章を手渡した後、陛下がそうのたまう。それまで下げていた視線を私は思わず上げた。不敬だと怒る人は居ない。そりゃそうだ。ここは非公式の場だし、下賜する姫を再度決めるのは手間でしかない。

「陛下、私の名前を覚えてくださってますか?」

「ん?」

不思議そうに少し顔をかしげる陛下は以前のまま美しい。そこに少し威厳やら落ち着きやらが加わって、以前よりも魅力的な男性になっているかもしれない。けれど、久しぶりに見た陛下が私の心を揺らすことは無い。

「私、シンディーレイラ・セレスティアと申しますの。陛下は一度も呼んで下さらなかったわ。」

「そうだったかな、すまない。シンディー…。」

「いいえ。もう忘れてくださいませ。」

そういって深々と臣下の礼をとって後ろに下がる。


『灰かぶり』も『可愛い人』も私の名ではないという意味では同じだ。

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