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37:赤色の義弟

本編(ティア編)には無かった小話を挟みます。

ティアの体調も回復し、雪が降る前に領地へ戻ろうとあわただしく準備をしている頃、1通の手紙が来た。差出人はトーマス・クランドール。ティアの腹違いの弟だ。彼の年は10歳、子どもらしく大き目の文字で、しかし丁寧に書かれた手紙には領地に帰るまでにぜひとも会いたいという内容だった。ティアに見せると彼女は小さくため息をついて、仕方ないわねと言った。会わない時間が長くなるほど会いにくくなると分かったらしい。

「それに、父様に会わずにいた事を樹海の中で少し後悔したのよ。親不孝はいけないわよね。」

そう言って彼女は弟に諾の返事を送ったのだった。


クランドール伯爵邸は王都の中心地と郊外に2箇所ある。比較的こじんまりとしているらしい中心地の屋敷に着くと、それでも大きな屋敷だった。その大きさと重厚感に圧倒されている私を他所にティアは淡々としたものだった。曰く、後宮よりも過ごした時間が短い屋敷だから他人の家に来たのと変わらないとのことだった。サロンに案内されて間もなく、ばたばたと駆けてくる足音が聞こえて、ドアが勢い良く開いた。

「ぼっちゃま!」

後ろから乳母らしき女性の慌てた声が聞こえるが、窘められた本人は少しも気にすることなく満面の笑みを浮かべている。

「シンディー姉さま!」

そう言って赤いくせ毛を揺らして抱きついた少年がティアの義弟らしい。やんわりと彼を受け止めながら、ティアは苦笑交じりに笑って後ろでおろおろしている乳母に頷いた。乳母はほっとしたような表情を浮かべて、私に向かって頭を下げてから部屋を辞した。

「トーマス、元気そうね。でも、ダメじゃない…お行儀が悪いわ。もう、あなた10になるのよ。きちんとご挨拶なさい。」

一度少年を抱きしめて背中を撫でると、ティアは穏やかにそう言って彼を離した。チェっと甘えてみせながらも少年は1歩下がると、流れるような優雅さで目上の人に対する礼をとった。

「お久しぶりです。シンディーレイラお姉様。本日はお越し下さりまことにありがとうございます。」

明瞭な声でそう言って顔を上げた彼は、もういいでしょうと言わんばかりだが、ティアは無言で私に挨拶するように促す。

「…ラファエル侯爵様も……こんにちは。」

「こんにちは。」

しぶしぶといった風に私に向かって挨拶をする義弟に私はおやっと思う。会った事も無いはずだがなぜか敵意の様なものを感じるのだ。

「はい、よくできました。」

ティアがそう取り成すように言うと、義弟は再度ティアにまとわりついた。それに苦笑しながらソファーに腰をかける。3人用の長いソファーにティアとトーマスが、その隣の1人用に私がというようにL字型に座る。ティアしか目に入らないと言った様子の義弟はどうして誕生日のパーティーに来なかったのかとティアに拗ねて見せていた。姉弟のやり取りを眺めていると、ノックと共にクランドール伯爵とマゼンダ夫人が現れた。私達は立ち上がり再度挨拶を交わす。久しぶりの再会だと言うのに…いや、だからか、親子の間にはなんともぎこちない空気が流れていた。親愛のしるしに抱きしめていいものかどうか、頬にキスくらいは許されるのか、握手は嫌に他人行儀過ぎるか…といった悩みを隠しきれて居ないのだ。特にクランドール伯爵が。ティアはソファーから立ち上がったもののその場に留まり、優美な礼をおくっただけで腕を伸ばしたり父親に近づいたりしない。テーブルにクランドール伯爵の行く手を阻ませている。

「お久しぶりです。お父様、お義母様(かあさま)。」

「あぁ、元気そうだな。」

「えぇ。お陰様で。」

「もっと早く会えると思っていたのよ?」

「ごめんなさい。何かと忙しくて、遅くなってしまったわ。」

お茶を出されながらそう話を始めるが、なかなか会話は続かない。今日は天気が良くて良かったとか、伯爵領では今年麦が豊作だったとか、王宮は正妃様が力を振るわれていて安定しているとか、おおよそ父と娘でなくてもできる会話が続く。むしろ、クランドール伯爵は私に話を振ってくるばかりで、ティアに個人的な話をしたりしない。元気でいるかとか、ラファエル領はどうだとか、子どもはまだかとか、継母の方がむしろティアに質問しているくらいだ。ぎこちなく上滑りしていく大人の会話に飽きたのか、義弟がティアと庭に出たいと言い出した。

「ねぇ、お姉さまいいでしょう?温室に珍しい薔薇があるんだよ。」

10歳の頃ってこんなに甘えるんだったか?と思わず首を傾げたくなるくらい、義弟のティアに対する態度は子どもじみている。それに苦笑をこぼして、ティアは私に断りを入れると、義弟に手をひかれて部屋を出た。ほぼ同時に継母も用事があると席を外した。男2人残されてそれまで以上に重い空気がサロンを満たす。ティアが居た時の戸惑いなど忘れたかのようにムスっとしている義父に何を話しかけるべきか、私にはわからなかった。なぜ、先ほど天気の話をしてしまったのか・・・2度目の天気の話は気まずさを浮き彫りにするだけだろう。




実家に行った事がティア編に出てこなかったのは、ティアにとってたいしたことじゃなかったから・・・かな?

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