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36.混色の結論

「リシャーナ。神様はあなたの味方だから、私が帰ってこれたのよ。」

ティアのその言葉と共にサロンの扉が閉まった。おいおい妻よ…格好良く極まり過ぎだろうとチャチャを入れたいがそれを許す雰囲気ではない。今日の話の流れを事前に把握していた私や我家の使用人達はともかく、客人は皆ティアの作る雰囲気に飲まれて言葉も無い。

「これで…良かったの?」

意外にもはじめに我に返ったのはターナー男爵夫人だった。控えめながらはっきりとした声に皆やっと閉まったドアから視線を外した。そして声の主を一瞬見た後に、ティアへと顔を向ける。満足そうに微笑みながらもやや疲れた様子のティアは

「そうね。私は最良の終末だと思っているのだけど。」

そうずいぶん投げやりな調子で言った。

「ラファエル侯爵もこれでよろしいのですか?ウィンズレッド侯爵家は連帯責任で降格されてもおかしく無いのですよ?」

リード子爵が私に疑問の目を向ける。その信じられない物を見るような目は止めてもらいたい。少なからず傷つく…。私は大きくため息をついて、仕方ないんですと苦笑いするしかない。

「侯爵夫人の名裁きですな。」

ターナー男爵が大きな声で笑った。豪快な彼は時々とても細やかに人の気持ちを察知して、絶妙のタイミングで雰囲気をガラリと変えてくれる。私もそれにつられて笑う。終わってしまったのだ…もう笑うしかない。

「皆、勝手ばっかり言うけれど、この事は内密にお願いします。城には犯人不明で届けを出すし、真実は皆の胸の中に。」

「かなり、知っている人の多い秘密ね。」

「良いのよ。どうせどうやったって真実よりも噂のほうがドラマチックなんだから」

リード子爵夫人とティアの明け透けな物言いに張り詰めていたものが一気に解けた。明日になれば何が本当だか分からないくらい色んな噂が流れるのだろう。事実を少し含みながらも決して真実にたどり着かない話が流れて、枝葉を増やし、そのうち誰が主人公の話なのかも分からないくらいになるのだ。そうしてあっという間に通り過ぎる。季節はすぐに冬になる。皆それぞれの領地に帰る季節だ。噂話は気温が下がると共に減っていく。


その後、茶会の続きを…という話になり、妻達と分かれて男ばかりで遊戯室に篭る。ダーツやビリヤード、チェスなどの遊びとタバコを楽しむ為の部屋。今日はお酒が入ってないので、皆軽めの紙巻タバコをくわえながらそれぞれの遊びに興じている。

「よく、納得されましたね。」

リード子爵がそういうと、ホワイトリー伯爵が千切れそうな勢いで首を縦に振った。

「納得…なんかしていませんよ。でも仕方ないんです。もう終わってしまいましたし。」

私は彼らの顔を見ずにダーツを投げながら答えた。変に力が入ったのか、残念ながら大はずれだ。部屋の隅でチェスをしているアディソン伯爵とセネット男爵はその様子に苦笑している。ターナー男爵とターラント伯爵が交代で突いているビリヤードの玉がぶつかり合う不規則な音が妙に同情的に聞こえた。そこまで言ってしまうと被害妄想かもしれないが。

「私としては、ありがたい。ウィンズレッド侯爵はこの国に必要な方です。きっと次世代を引っ張っていく人物になる。」

ターラント伯爵は台から身を起こすと私をまっすぐ見つめてそういった。私にもそれは理解できる気がする。今回の事が無ければ、その考えに異存は無い。しかし、彼の妻は今回罪を擦り付けられようとしていたのに…このタイミングでそう言えるのは彼の強さだろうか、それともただの年の功だろうか。

「あぁ、そうですよね…ブルーイット公爵ではいささか不安が残ります。」

「まぁまぁ、この場で政治の話は野暮ですよ。」

同意したセネット男爵の言葉をアディソン伯爵がやんわりと諌めた。ウィンズレッド侯爵が失脚となれば良くて国は停滞し、悪ければ傾くだろう。それくらい彼は重要ポストに居て、今後の国に要る人間だと認識されている。きっとこれから彼が城を辞したら貴族の噂の的は彼に移る。ティアの失踪などきれいに忘れてもらえるかもしれない。実はティアがそれを利用するために、侯爵に辞職を求めたのではないかという疑惑もあるのだが、それは放っておく事にする。それが明らかになった所で誰も得しないのだし。

「まぁ、ウィンズレッド侯爵は若い頃から国の為に力を注いできたのだから、ここらで2、3年の休暇も良いでしょう。」

「そうですね、丁度若い奥さんを娶った事だし。今までの分ゆっくりされる時間も必要ですよね。」

そう取り成すようにアディソン伯爵とリード子爵が言うと、幾分部屋の空気が明るくなった。

「そうそう。当然ラファエル侯爵の事だ、自分の納得できる措置をお考えなのでしょう?」

ターナー男爵がその後を引き継いでそういうと、私以外の皆は納得したような顔をして頷いた。

「というと?」

「お手持ちの力でウィンズレッド侯爵夫人の動向は常に掴んでおいたりできるんじゃないですか?」

「ラファエル家の見えざる手の話しですね。私も聞いたことが有ります。」

「私も。」

「な、なんですかそれは?」

陰の事がばれているのかと一瞬ひやりとするが、顔には出さずやり過ごす。しかし「見えざる手」などという噂になるような事をしただろうか?

「知らないんですか?昔からラファエル家には見えざる手…不思議な力が有るという噂が有るんですよ。」

「はぁ?」

「情報量の多さ、タイミングの良さ、機動力…ラファエル家は見えざる手に守られているから長年国境を守り続けていられるのだと。」

「今回も、女神の樹海から遭難者を発見するなど、ただの私兵隊にできる事ではない。」

「国の騎士団使ったって難しいといわれているのに。」

「いえ、ただ運が良かっただけで・・・。」

「だから、その『運』というのを引き寄せる力をラファエル家は持っていると言っているんです。これはただの噂ではないんですよ。なんせ、私の父の代から囁かれ続けているんですから。」

「私は祖父からこの話を聞いたことがあります。」

「ほら、もう伝説のように語り継がれる噂ですからね。何か火種があるんですよ。」

「いやいや、そんな力があるのなら、妻を攫われたりしませんって。」

「またまた、そんな事を言って。火のないところに煙は…っていうじゃありませんか。ずっと煙が上がり続けているんですから、きっと火種があるんですよ。」

「いや、ないですから。」

「ははは、ラファエル侯爵、観念して話してしまえば楽になれますぞ。」

「いや、アディソン伯爵まで…。」

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この日皆が帰るまで、私は手を変え品を変え陰者の存在を探られた。皆悪ふざけしているだけだが、諌める人が居ない所為でなかなかこの話を終わる事が出来なかった。確かに、ウィンズレッド侯爵は必要な人材だと身にしみた。今はまだ、ティアが満足しているという満足感しか味わえないが、そのうち私も今回の措置に納得して満足することができるのだろうか。それまでどれほどの時間がかかるか分からないが、いつかこの結末に「良かった」と言えれば良い。今は、まだ少し、無理だけれど。しかし、茶会のおかげで良い事を教えてもらった。ティアには内緒でウィンズレッド侯爵夫人の元に陰を送ることにする。私の気持ちの安定の為にこのくらいは許されるだろう。


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