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32.茶色の罠

ふと気付くとティアがテーブルに居なかった。少し話に夢中に成りすぎたらしい。どこに行ったのかと残った下賜姫達に尋ねると、裏庭を見に行ったのだという。下賜姫数人で行動しているらしいので、後を追うことはしなかった。目の届くところに居ないのはいささか心配だが、ティアには陰者を付けてあるし、公爵邸の中は厳重な警備が敷かれている。危険は無いだろうと判断した。


ティアの行方を確認してから再び紳士達の輪に戻ると、リード子爵が加わっていた。馬の話をしていた紳士は見当たらず、買い付けをしそびれたことを少し残念に思った。

「衝動買いはいけませんよ。」

私の呟きを聞いてリード子爵はそう言って笑った。

「しかし、機を外してもいけないでしょう。」

私は彼にうなずきながらも、先ほどの男性と縁を繋いで置けば良かったと思わずにいられない。未練がましい私の態度にリード子爵も新種の馬に興味を持った様だった。後で公爵に中継ぎを頼んでもいいかもしれない。確か公爵家と縁続きであるような事を言っていた。話しばかりに注意が向きすぎて本人の印象は薄いが、茶目茶髪の隣国に留学していて最近帰ってきた縁者と言えばあの公爵ならばすぐに分かってくれるだろう。こういう時に「侯爵」という身分は使い勝手がいい。公爵と向き合っても物怖じせずに済む。

輪のなかの話題は妻への贈り物についてに変わっている。皆、あれは喜んだ、これは不満気だったと口々に品名をあげる。私はよその奥さんはおねだりの上手なんだなぁと思いながら、のんびりと耳を傾ける。ティアはあまり物欲が無い。それを時々寂しく思っているのだ。それにしても、今日は有益な情報が多い。思わず意識が会話に集中してしまう。


いつに無く緊張感の無い情報交換を楽しんでいると、リード子爵夫人が私たちの元に来た。どうもティア達の戻りが遅いという。そう言われるとそんな気がして急に心配になる。公爵邸内だからといって安心し過ぎただろうか。夫人達と共にティアを迎えに行くことにした。

「ただ、遅くなっているだけかもしれませんから。」

私の焦りが伝わったのか、皆で歩いている途中で下賜姫の一人にそう励ます様に言われた。私は返事をしようとして結局うなずくしか出来なかった。いつの間にか口のなかはカラカラに渇いていた。手のひらにも嫌な汗をかいている。辛うじて走りだすのは耐えたが酷くもどかしい気分だった。


裏庭の手前で、血相を変えたターラント伯爵夫人が助けを求めていた。なんでもウィンズレッド侯爵夫人が突然倒れたのだという。慌てて現場に向かいながらも私は胸を撫で下ろしていた。ただの体調不良でよかった、何かあったのがティアでなくて良かった…不謹慎にもそんなことを考えていた。しかし、私のつかの間の安心はあっさり裏切られる。夫人の案内で向かった先にティアは居なかった。

「え?どうして?確かにここに…」

混乱するターラント伯爵夫人の様子に嫌な予感しかしない。この広大な庭の中で出会おうというのが無理…ティアに向けた暢気な自分の言葉が蘇る。確かに、ティアが居ないと言うことを確認するだけでかなり時間がかかりそうだった。ひとしきりその辺りを確認したが、ティアもウィンズレッド侯爵夫人も見当たらなかった。厳重かと思っていた公爵家の警備も、裏庭に来てしまえば穴だらけだった。自分がどうして安心していたのか、そんな場合では無いのに後悔が後から後からわいて来る。

共に周辺を探してくれたリード子爵に状況確認をしましょうと諭され、しぶしぶ噴水前まで戻る。すると、驚いた事にウィンズレッド侯爵夫人が当たり前のようにそこにいた。

「どうしたの?皆さん怖い顔して。」

「リシャーナ、あなた倒れていたのではなくて?」

「倒れて?まさか、この通り元気よ?」

「シンディーはどこ?」

「え?クリミナと一緒でしょう?私、途中で別れたじゃない。」

「何を…?」

かみ合わない会話に自分の最大のミスを悟る。きっとどちらかの夫人に仕組まれて、ティアは姿を消したのだ。しかし、嘘をついているのがどちらなのかすぐに判断できそうも無い。下賜姫達は安全だとなぜ思ったのか。私はその問に答えられる根拠をもっていない。ただ、ティアが彼女達を信頼していたから…

「つまり、妻はここに居ないんですね?」

「私は、存じませんわ。」

「……。」

私の問いにウィンズレッド侯爵夫人ははっきりと、ターラント伯爵夫人は無言をもって答えた。私はその2人を問い詰めたい気持ちを抑えて走り出す。信用できる者にすぐにティアの不在を知らせて、捜索しなければならない。今2人を大っぴらに非難できる証拠は一つもないし、こうして皆の前に姿を現しているのだから簡単には口を割らないだろう。その間も、ティアは実行犯と共にいる事になる。どこか遠くへ連れ去るつもりなら、その時間を与える事にもなってしまう。すぐにティアを探し出して実行犯から引き離さなくてはならない。この状況で信用できると思えるのはダンテスをはじめとする家の者だけだった。周りにたくさんいる友人達を頼る事は出来ない。誰が黒幕と繋がっているのか分からないのだから。それが貴族というものだ。立場によって時には近しい者を裏切る事を厭わない…そういう世界なのだ。なぜそんな基本的なことを忘れていたのか。


私は馬車置き場に戻ると待機していた御者に命じて、屋敷にいるダンテス宛てに知らせを送った。御者は少ない言葉で事態を察知して馬車を置いて馬だけで駆け出した。何事かと慌てる公爵家の護衛達に状況を説明して、怪しい馬車が出て行かなかったか確認を取ってもらう。彼らはすぐに公爵にも事態を報告をすると、パーティーの雰囲気を壊さない程度に増員して敷地内を捜索くれた。ティアがいなくなったことに公爵家が絡んでいる可能性はほとんど無い。それに、もし関係していたとして彼らに捜索の手伝いをしてもらうことが手がかりになると踏んだ。もし、何か怪しい行動があれば、潜んでいる陰者がそれを察知するはずだ。今日も陰達は会場に潜り込んでティアの警護をしているはずだ。それがなぜ、こんなことになっているのだろう。今日ティアについていたのはダンテスの後継者と目されている者だった。実力者を配置していただけにティアが居ないという事が受け入れきれない。やれることをやってから人気の無い場所に行く。大きな常緑樹の木の根元で立ち止まるとカサリと小さな音を立てて、木の葉に隠れて陰者が気配を現した。

「状況は?」

「残念ながら、もう既に敷地内には居られない可能性が高いです。」

「なぜ、お前達が付いていながらこうなった?」

陰者達が悪い訳ではないのに、どうしても苛立ちを隠せない。

「警護中に襲われました。」

「襲われた?」

彼等を見つけて襲うとなれば、かなり手練れが関係しているということだ。我が家のように陰を使役している貴族家は他にも有るだろうが、そうだとすると予想よりもかなり強力な黒幕がいる事になる。

「はい。対応にてこずっている間に奥様を見失ってしまいました。申し訳ありません。」

「…お前達に怪我は無いのか?」

「はい。」

「その陰者達は?」

「申し訳ありません。」

「逃げたのなら、仕方ない。半数はすぐに屋敷を出ろ。他の者と合流して王都を出る馬車に怪しいものが無いか監視しろ。陰が使う手段ならお前達の方が詳しい。思いつく限りのルートを監視するんだ。その上で王都の中を隈なく探せ。残りは屋敷の内部に留まって、貴族達の動向を確認しながら、ティアの痕跡をさがせ。何か分かればすぐに報告を。」

短い返事と共に陰の気配が消えた。陰者の術というのはどういうものなのか良く分からないが、風ほどにも枝を揺らさずに移動する。


皆の元に戻ると、心配そうな顔の下賜姫達に小さく首を振った。皆一様に青い顔をしている。ターラント伯爵夫人と、ウィンズレッド侯爵夫人もだ。その表情は完璧に友を案じる貴婦人のものだ。先ほどの会話からどちらかがティアの失踪に関わっている事なのは明らかなのだが、そう疑っている自分が何か大きな間違いを犯しているかのような気になってくる。

「ラファエル侯爵。」

「オズボーン公爵様。申し訳ありません。せっかくのパーティーを…」

「いや、我が邸の警備が至らなかったのだ。すまない。予定通りそろそろお開きになる。その後でもう一度敷地内を探させてみるが、今のところ奥方の痕跡は無い。」

「…わかりました。よろしくお願い致します。」

私は公爵に向かって頭を下げた。

「公爵様…。ラファエル侯爵夫人の居なくなった状況をもう一度確認するために、お部屋を貸していただく事はできませんか?」

リード子爵の冷静な声が聞こえる。私はそちらを振り返り彼を見た。彼が険しい表情を一瞬崩して「余計なことだっただろうか」というような表情を作るので、私は小さく首を振った。

「お願いできますでしょうか?」

リード子爵に謝意を示す様に公爵にそう言うと、

「分かった。すぐに用意をさせよう。」

公爵は力強く頷いてくれた。やはり、誰を信用するべきなのか、誰を疑うべきなのか今の私には判断できない。

アデルさん気づいてないですが、新種の馬の話していたのもティアを攫った陰者の一人です。この先もその事に気づきません。残念。。。

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