閑話:後宮の日常―3年目―
結婚から2年経つ頃には細々と届いていた手紙もプレゼントも届かなくなった。
それでも、私はいい方だった。寵愛も半年以上もったのだし、プレゼントは2年も続いた。殿下の移り気を鑑みると、奇跡と言ってもいい。好きでもない男からのプレゼントは使う気にならないので、ほとんど換金して寄付してしまったが…。
いつの頃からか嫌がらせはなくなった。なんせ新しい女が次々とやってくる。私のような虐められ慣れている無反応なタイプを標的にし続ける理由は無い。
私は蒼玉宮の端っこで、今日もカナンと2人のんびりと過ごしていた。
「…カナンっ、あっ……お願い。まっ…て…。」
「だめです。御嬢様、待てません。」
「あぁ、だめっ…うぅ。」
「……お嬢様、少し太りましたね。」
「やっぱり?そうかなっ…と思っ…て、た、のよ。」
私は衣装室でカナンにコルセットを締められながら息苦しさに悶えていた。1週間後に城で夜会が開かれる。北の隣国との関係が余り良いとは言えない今、西の隣国と同盟を結ぼうとしているらしい。西の隣国の遣使を招いての夜会で、正妃も側妃も必ず出席と命が下った為、衣装合わせをしていたのだ。久しぶりにコルセットを締めるが、少々きつくなっていた。
「御嬢様は元々細すぎですから、多少お肉が付いたくらいが調度良いとは思いますが、ドレスは少々手直しが必要ですね。」
「わかったわ。それにしても…運動しなさすぎかしら?」
「いえ、御嬢様ももう18歳ですし、年齢的なものなのでは?20歳前後から体が女性らしく丸みを帯びますからね。」
「そういうものなの?カナンはあんまり変わらない様に見えるけれど?」
「私も結構丸くなりましたよ?」
「外からじゃわからないものなのね。」
カナンは手早くコルセットを脱がせると、おしゃべりしながら体の至る所をメジャーで計り始める。量り終わって小さくため息をつくと
「…御嬢様、普段着はきつくないのですか?」
と私の顔をのぞき見る。私より背の高い彼女は顔をかしげて私の目を見て話す。一応、主従関係にある私達には相応しくはないしぐさだけれども、2人の他に誰も居ないのだから気にしない。
「う~ん。実は、少しきついかなと思うものもある。」
カナンはやっぱり、という様に肩をすくめて今度は大きなため息をつく。
「おっしゃって下さい。」
久しぶりに聞いた彼女の口癖に口を膨らませてすねてみせる。
「少しやせればいいと思ったの。」
「だから、最近お食事を残されていたのですね。」
彼女の納得顔に口を滑らせたことを知る。
あっと口を押えた私をみて彼女は少し微笑んでから、目に力を込めた。
「ドレスも、普段着も、直せばいいんです。ですからもうダイエットなど考えないで下さいませ。御嬢様はただでさえ線が細くていらっしゃるんです。病気になってしまってからでは遅いんですよ。分かりましたか?」
彼女の権幕にしゅんと肩を落として謝った。
私は彼女には頭が上がらない。ただの侍女というよりは、姉の様な存在である。ずっとそばに居てくれたということも有る。どんな時も、誠実に真心を込めて私の相手をしてくれたということも有る。彼女が居なければ、私は今生きていない。
比喩ではなく、本当に何度も助けられた。食事に紛れ込んだ毒から。頭上めがけて落ちてきた花瓶や、階段に張られたロープから。庭で遭遇したナイフを持ったお嬢様から。カナンが助けてくれなければ、私は今頃死んでいたか、良くて体に傷を負って不自由な生活をしていただろう。
今でも彼女の素性は知らないが、私は彼女が話すまで聞かない事にしている。そんなことを尋ねなくてもいいのだ。彼女は私を害さない。
彼女は信用できる。
カナンのおかげで、私は無事に嫌がらせの標的から脱出した。今思えば、標的期間も短かったと言える。内容は笑っちゃうようなものから、命の危険を感じるようなものまで様々だったが、お姉様達からの5年間にも及ぶ長々としたいじめに比べれば、精神的に楽だった。いつか終わるだろうと思えたし。カナンが私以上に怒ってくれていたし。
「あんまり太るのは嫌だわ…。」
「御嬢様は太ってませんよ。その証拠に、大きくサイズが増えたのは胸と腰です。」
「ほんとう?」
「本当です。気になるなら少し運動とマッサージしてウエストを引き締めましょう。」
「豊満な体になるかしら!?」
「キチンと食べて下さいましたら、胸はまだまだ大きくなると思いますよ。」
「よし、めざせ!ボンキュボンっ!」
そうして、私の優秀な侍女は一週間後の夜会には体にぴったりのドレスを用意してくれた。




