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29.藤色の助言

秋も深まりつつある、社交の季節の丁度真ん中に王城での夜会が開かれる。陛下主催の夜会などティアを連れて行きたくはないのだが、そうも行かないのが王城での夜会なのだ。私が作らせたドレスを着させて、私の瞳と同じ色のアクセサリーをつけさせて…独占欲丸出しだかかまわない。貴族の世界は装い一つで評価を変える。「夫に溺愛されている妻」の装いはよからぬ虫から彼女を守る盾になる。

城に着くとすぐに、ウィンズレッド侯爵夫妻とターナー男爵夫妻に出会う。いつものように挨拶をかわしながらも、皆、どこか表情が硬い。今期はじめての王主催の夜会とあって、陛下と下賜姫達の間でどのようなやり取りが交わされるのか、下世話な興味をもって視線が集まるのだから仕方ない。いくら後宮に居たからといって、今は一貴族の妻に下ったのだ。陛下と親密な会話など交わせるはずも無いと分かりそうなものだが。それでも暇な貴族達は他人の波乱を期待する。いつもとは違って挨拶もそこそこにティアの友人達と別れる。確かに今夜は下賜姫がまとまって居ると悪目立ちするかもしれない。私達は主催者に挨拶に行く。挨拶と言っても直接言葉を交わすことは無い。壇上に座る陛下に向かって礼をとるのだ。流れ作業のように次々と挨拶を受ける陛下は、こちらの最敬礼を見て鷹揚に頷いたり目配せしたりするだけだ。われわれの番になってティアと陛下の様子を少し伺うが、特に変わったところは無い。

「どうかしました?」

陛下への挨拶が終わるとティアがそう言った。おどけたように眉を寄せ、流し目で私を見る。

「いや、陛下にお声を頂くかもしれないと思っていたのだが、無かったなぁ~と。」

「そう。残念?」

「いや、ちょっと安心した。」

私の言葉にティアはフフフと笑う。

「大丈夫よ。私はもうシンディーレイラ・セレスティア・ラファエルなのだから。」

そのセリフにじんわりと心が温まる。


何件か、必要なあいさつ回りを終えて、ティアと二人で休んでいると聞き覚えのある声に呼ばれた。

「アデルバート!」

振り返ると叔母だった。白髪の混じり始めたゆったりとウェーブした髪を頭の低い位置でまとめて、藤色のドレスを纏った姿は年相応なのに可愛らしい。

「叔母上、お久しぶりです。」

「久しぶりね。貴方ったら少しも顔を見せないのだもの。」

「いやぁ、申し訳ないです。」

ひとしきり再会を喜んだあと、叔母にティアを紹介する。小さい頃私の行儀やダンスの家庭教師を務めていたこの叔母に、私はなかなか頭が上がらない。

「あなた達ったら結婚式をしないのだもの、いつ会わせてくれるのかと思っていたのよ。」

「本当に遅くなって、申し訳ありません。夏の避暑に来て頂いた時にと思っていたんですが、なかなかご挨拶に伺えませんでした。」

「こんな可愛らしい奥様なら、きっとウェディングドレスも似合ったでしょうに。」

「そうですね、私も惜しい事をしたと思っているんですよ。」

「まぁ、アデルったら…。」

「うふふ、今からでも遅くは無いのではなくて?」

笑顔で結婚式をしなかった事を責められて困っていると、突然、フロアに流れる音楽が変わった。耳慣れた曲に叔母が小さく歓声を上げる。

「アデルバード、この曲覚えていて?」

「はい。もちろんです。」

「久しぶりに踊りましょうよ。」

叔母の誘いに苦笑がもれる。私の表情に叔母もティアの事情を思い出したようだ。王城での夜会で下賜姫を一人にするのはいささか不安だ。

「あ、ごめんなさい。私ったら考えなしで…新婚さんにごめんなさい。またの機会にしましょう。」

慌ててそう取り直す叔母に、ティアは微笑みながら首を振った。

「いいえ、私も叔母様とアデルのダンス見てみたいですわ。」

「しかし…。」

「大丈夫。私、ここを動かないから。思い出の曲なんでしょう?」

ティアは私を強い目線で見つめてくる。頑固な彼女はこうなったらなかなか折れてくれない。辺りを見回すと物陰になるような場所もないし、ティアが動かず待ってくれているなら1曲くらいなら危険は無さそうだ。

「…だそうです。叔母様、踊っていただけますか?」

「えぇ、そんな。…いいの…?」

叔母は戸惑いながらも嬉しそうに私の手をとり、ダンスホールへ向かう。

「ごゆっくり。」

後ろから、面白がるようなティアの声が聞こえた。


久しぶりの叔母とのダンスに背筋が伸びた。私のダンスの師匠だった叔母は、ダンスに関しては一切の妥協も手抜きも許さない。相変わらずの切れのよさで、アドリブを入れながら舞う。子どもの頃は「大人になれば上手くできる…」と思っていたが、大人になっても叔母のハイレベルなダンスにはついていくのがやっとだ。

「素敵な方ね。」

踊りながら、叔母がそういう。落ち着いた声はしかし、楽しさに弾んでいる。

「ありがとうございます。」

「大事になさいな。」

「えぇ。もちろん。」

「それに、大事にしてもらいなさい。」

「…?」

叔母の意図するところが分からず首を傾げる私に、叔母は小さく苦笑しただけでそれ以上は何も言わなかった。1曲踊りきって礼をすると、叔母は「これ以上2人の邪魔をしないように」とダンスフロアで別れた。今度晩餐でも共にしようと約束して分かれると私はティアの元に戻った。


「…いない。」

ティアが待っていると言った場所に彼女は居なかった。辺りを見回しても見当たらない。近場のシガールームや談話室を覗いてみたが、どこにも姿が無い。

「あら、ラファエル侯爵様。」

そう呼びかけられて振り返るとそこに居たのはティアの義姉だった。

「あなたは…。」

「お初にお目にかかります。シンディーレイラの姉のローズです。こちら、夫ですわ。」

「はじめましてラファエル侯爵。」

「はじめましてジョルジュ子爵。ご夫人も。」

申し訳程度に握手をして、適当にその場を辞そうと口を開きかけたその時、ティアの義姉が困ったように眉をひそめて頬に手を当て呟いた。

「さきほど、シンディーレイラを見て、挨拶でも…と思ったのですが、逃げられてしまいましたわ。」

「…それはどこで?」

「ダンスホールの脇で…私に気づかなかったのか、バルコニーの方に行ってしまって。侯爵様からよろしくお伝えくださらないかしら?父が会いたがっているから、王都に居るうちに実家に顔を出すようにと…。」

「それは私の配慮が足りずに、申し訳ない。きっと伝えます。では、また。」

私は何か言いた気な義姉夫婦をほったらかして、ほとんど走るようにバルコニーに向かった。実家に帰らないのはあんたの所為だろうと文句を言いたい気持ちも有ったが、今はそれどころではない。城の夜会会場は無駄に広く、バルコニーもいくつも有った。私は窓辺に近づくと、人目も気にせずティアを呼ぶ。何事かとこちらを伺う人もいたけれど、気にする余裕は無い。

「アデルバート!」

窓の外から落ち着いた彼女の返事が聞こえて、バルコニーに飛び出した。

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