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28.煙色の珍事

社交界は概ね順調に回ることができた。私はいつもよりも着飾ったティアが傍らに居るだけで楽しかったし、元々今年は情報交換などは必要最低限できれば良いと考えていた。表立って下賜を揶揄する者もあまり居なかったし、居たとしても毅然と対応すれば問題ない。ティアは下賜姫達と交流が持てて楽しそうだ。下賜された姫は後宮で仲良くしていた人が多かったらしく、手を取り合って再会を喜ぶ姿は友人以上で…家族の様な親密さを感じさせる。その様子から、彼女の後宮での穏やかな生活が窺い知れて胸を撫で下ろす。そこには少しの嫉妬や寂しさも混ざっているが、安堵の方が大きい。


ある日の夜会で、私はシガールームに居た。ティアは談話室で仲間の夫人達と楽しげに話している。いつもあまり彼女と離れる事はしないのだが、周りに下賜姫の友人たちが居る時は別だ。同じ境遇の仲間が側に居ればひとまず安心できるし、ティアにだって時には私に気を使わずに話したい事も有るだろうし。

私の隣にはリード子爵がいる。以前からすれ違えば挨拶する程度の顔見知りだったが、下賜姫を貰った者の中では年が近いこともあり、最近よく話をするようになった。リード子爵は社交界ではかなり注目されている。下賜姫を受け取ったことで、涙を飲んだご令嬢も少なくなかったとか、同じ年頃の男達は安堵のため息をついたとか。女性的にも見えるその容姿は確かに人目をひくものがある。容姿だけでなく、将来性を見ても彼は優良物件だったのだろう。先の戦争では若さに似合わぬ知将ぶりを披露し、北の国の王子を捕らえるのに一役かった。普段から冷静沈着で若いながら手堅い領地経営をしていて、前代で傾きかけた子爵家を受け継いでまもなく建て直したのも有名な話だ。更に、彼が興した造船事業は緩やかながら右肩上がりに伸びているらしい。その手腕に血も涙も無い金の虫とか利益最優先の鉄仮面…などという噂もあるが、私は案外情熱的な所のある人物だと思っている。女性的にも見える美しい顔はいつも無表情で「氷の女王」のようだけれども。

「ご夫人方の話は、なぜあんなに長くて要領を得ないのでしょうかね。」

彼は私の隣に立って、細いタバコに火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出してからそういった。。

「どうしました?急に。」

「レイチェルがお友達の奥様達と話しているのが少し聞こえたんですけどね。ご婦人達の話には主語が無い。」

「あぁ…なるほど。」

私は頷きながらも苦笑をもらす。やれやれといった風のリード子爵も無表情ながら空気は柔らかい。婦人方の会話は男には付いていけないものがあるとは分かっている。しかし、妻の楽しそうな顔をみて少し混ざってみたくなるのも夫心というものだ。タバコをすいながら、そんな話をしていると、ホワイトリー伯爵がシガールームに入ってきた。ひょろりと背の高いこの青年はごくごく最近伯爵位を継いだばかりだ。若すぎると軽んじる者も居るようだけれども、先の戦争で共に戦った私達は彼の勇猛さを高く評価している。彼は背中を丸め疲れた様子で部屋に入ってきて、私達を見つけて近寄ってきた。リード子爵にタバコを貰って火をつけると、少しむせながらため息をつく。

「どうした?タバコなんて珍しい。」

「これを口実に席を抜けて来たんです。」

彼は壁にもたれてタバコをふかすと煙で遊びながら天を仰いだ。

「マリエッタがあまりに楽しそうにしているものだから、少し同席させてもらったのですが、私には何を話しているのかさっぱり分かりませんでした。流行のドレスの話だと思えば、お菓子の話になったり。かと思えば季節の花の話が新しくでた小説の話になったり…。あれで全員、話が分かっているのだから、女性ってすごいですね。テレパシーでも使っているんでしょうか?…訳が分からない。」

彼は全てを吐き出すかのように一気に言うと、大きくタバコを吸い込んで、また小さくむせた。私達はあぁと頷きながら苦笑をもらす。夫心に負けるとこうなるという良い見本がそこにいた。くつくつと笑う私達をホワイトリー伯爵は疲れきった子犬のような顔で見ている。

リード子爵は2本目のタバコに火をつけると急に怪訝そうな顔をして部屋の反対側を見た。その視線につられて同じ場所を見ると、ウィンズレッド侯爵とブルーイット公爵が居た。ウィンズレッド侯爵家とブルーイット公爵家は共に保守派の名門貴族で昔から深いつながりがある。たしか、現ブルーイット公爵の母君もウィンズレッド侯爵家から嫁いでいるはずだ。しかし、いとこ同士の彼らは犬猿の仲だという噂がある。現に、彼らが共に居るのを私ははじめて見た。

「リシャーナ様はどうだい?うまくやってるのか?」

「あぁ。」

「彼女気位が高そうだからずっと一緒だと疲れそうだけれど。」

「いや。そうでもない。」

「そっか、予想よりマシだったのか。」

「……」

ブルーイット公爵の言葉に耳を疑う。言葉すくなに返事をしていたウィンズレッド侯爵も、瞳に剣呑な色を浮かべて押し黙った。しかし、ブルーイット公爵はそれに気づいた様子は無い。

「それにしても、お下がりの上に残り物押し付けられて、お前も大変だなぁ。せっかくだったらもっと若いのの方が良かったんじゃないか。」

あまりの言葉にシガールームの中はシンと静まり返った。いくら公爵といっても、公然の場で堂々と下賜姫をお下がりなどと言って良いわけは無い。彼はウィンズレッド侯爵夫人のみならず、下賜姫全体を侮辱した。黙っていられずに一歩前に出ようとしたホワイトリー伯爵をリード子爵が片手で止める。そんな彼の瞳にも静かに燃える怒りが映る。と、その時、ウィンズレッド侯爵がクックックと笑った。完璧な無表情だった彼が口の端を上げて肩を揺らしている。私達はその顔を見てゴクリと喉を鳴らした。今にも抜刀しそうな殺気が彼から滲み出ている。

「な、なんだ…。」

ブルーイット公爵はやっと雰囲気の変わったウィンズレッド侯爵に気づいたらしく、うろたえている。

「言いたいことはそれだけか?」

「おまえ、なんだその言葉使いは…」

「馬鹿を敬う言葉は持ち合わせて居ない。」

「なっ。」

侮蔑を隠しもしないウィンズレッド侯爵にブルーイット公爵は顔を歪ませる。基本的に、身分というのは越えられない壁である。公爵位にある者に対してそれ以下の者が敬語を使わないというのは不敬に当たる。爵位だけが敬意の対象でないので、家の伝統や功績、年齢、関係の濃さなどによって身分が下の者に対して敬語を使うことは有るが、身分が上の者に許しもなく敬語を使わないのは罪になる。そして、ブルーイット公爵は長年それを振りかざして、ウィンズレッド侯爵に高圧的な態度をとってきたのだが、この時はじめてウィンズレッド侯爵は彼に反発したのだ。

「不敬罪で訴えるか?それとも決闘でもするか?どちらでも受けてたつが。」

ウィンズレッド侯爵の凄みに押されて、ブルーイット公爵は無意識だろう一歩後ずさった。周りで2人のやり取りを見ているものも、あまりの殺気に青い顔をしている。

「ふ、不愉快だ。そんな口叩いた事を後悔させてやる…。」

観客の多さにひくにひけないブルーイット公爵は青い顔をしながらもそう言い放った。このままではまずい事になるだろうと思いつつ、悪びれる様子の無い彼を助ける気は全く沸かない。それはリード子爵もホワイトリー伯爵も同じようだった。

「おもしろい。好きに…。」

「ウィンズレッド侯爵のお言葉がブルーイット公爵への不敬なら、先ほどのブルーイット公爵のお言葉は陛下への不敬ですな。」

緊迫する2人の間を場違いなほど暢気な声が割って入った。

「…アディソン伯爵。」

初老の男性を目に映して、ウィンズレッド侯爵の殺気が霧散する。

「酒の席での戯れが過ぎましたな。ここらで引かれるのがいいでしょう。ウィンズレッド侯爵。ブルーイット公爵も、これだけ証人が居ては分が悪いですぞ。」

朗らかに笑うアディソン伯爵に毒気を抜かれたのか、ブルーイット公爵は負け惜しみを呟いて部屋を後にした。残ったウィンズレッド侯爵は肩を落としてアディソン伯爵に謝っている。周りで見守っていた人たちも安堵の微笑みを残して、各々の会話に戻った。

「…申し訳ありませんでした。」

「いやいや、お怒りもご最もですよ。貴方が怒ってくださらなかったら、私が怒り狂っていたかもしれませんな。」

わっはっはと笑うアディソン伯爵を見て、私は無意識に入っていた力を抜いた。隣ではリード子爵が3本目のタバコに火をつけている。どうなることかと思ったが、結果的に下賜は陛下のご意向だという事を印象付ける機会になった。シガールームでの事でブルーイット公爵の言葉をティアたちが耳にしていないのも不幸中の幸いだ。これで、少し社交界の雰囲気が柔らかくなるかもしれない。

このときの私は暢気にそんな事を考えていた。


公爵と侯爵が出てくると、めんどくさいですね…。

変換間違いが有ったらすいません…教えてください。


妻達の交流の裏で、男達の友情も深まっていたようです。

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